【読書記録】一九八四年

オーウェル/著 高橋和久/訳 早川書房

※ネタばれを含みます。

【概要】 人々の思考までもを監視する「党」が支配する社会。ウィンストンは党員として歴史を改竄する業務に従事しながらも、社会の在り方に疑問を抱いている。そして、性に奔放なジュリアに出会ったことをきっかけに、党への密めた反抗を実行してくこととなる。

■思考するということ 
党は思考することを徹底的に排除する。「テレスクリーン」は、人々を監視すると同時に、24時間体制で娯楽を提供し、一般の党員はテレスクリーンのスイッチを切ることを禁止されている。常に情報にさらされ、考える暇が与えられないのだ。また一人でいることも反体制的と見做されるため、常にだれかと一緒に過ごすことが求められる。
 情報を遮断する時間、一人になる時間というのは、思考を深めるために必要なことだと思う。党に強制されずとも、現代社会では情報を受け取る時間が考える時間より圧倒的に多くなっている。もしも独裁政権や全体主義が復活しそうになったとき(すでに雲行きが怪しいのだが)、それに対抗し得るほどの考える時間を社会は持っているだろうか。確かに私たちは前回(第二次世界大戦)よりも多くのことを知っている。戦争の酷さも記録されてきたし、差別についても昔よりは分かってきて、自分たちのコミュニティの外に多様な世界があることも知っている。今度は女性の発言力も強まっている。ただそれでも、思考することができなければ、きっとまた流されてしまう。 というのが、社会主義の脅威からは遠ざかった現代にも当てはまる警告なのではないだろうか。

■暴力について 党に連行されたウィンストンは、厳しい拷問や尋問の末に、ジュリアを裏切ってしまう。しかも心の底から、ジュリアが自分の身代わりに傷つけられて良いと思うのだ。暴力は、正しくあること・思いやりを持つことまでもを損ない、歪めてしまう点で忌むべきものだと思う。

■歴史の改竄 党は、絶対的な正しさを証明し続けるために日々歴史を改竄している。例えば党が表明したことに誤りが見つかれば、以前の発言は破棄され、正しい情報に書き換えられる。破棄された事実は社会から葬り去られてしまう。
 私は最初、現実には全ての情報を書き換えることなど不可能だと思った。だが、人の目に触れにくくすることはできてしまう。実際、慰安婦問題などは歴史の教科書に載っていないか、載っていたとしても曖昧な説明しかなく、私がはっきりと慰安婦問題を知ったのは新聞の連載小説でのことだった。では、その連載がなかったら・・・?知るのはずっと後になっていたことと思う。
 SFの世界に限らず、歴史の改竄や隠匿は起こっている。ただ日本社会ではまだ事実を発信することも、探すことも禁じられてはいない。自分から事実を求める姿勢が、歴史が歪められることへの抵抗になるのではないだろうか。

■その他
・党は人々の思考の範囲を狭めるために、語彙を極限まで絞った言語(ニュースピーク)を生み出そうとしている。例えば不規則過去を排除し、すべて「ーed」型にするのだが、日本語訳では音便を無視することで対応している点がかっこよかった。
・主人公のウィンストンは不健康な中年なのだが、若く美しいジュリアと相思相愛になるあたり、作者が夢見ちゃってる感じがした。その夢もラストでぼろぼろにはなるのだけど。
・実際に世界や自身の状況を変えることはないが、それだけで意味をもつものがある(党はそれさえも抹消する力を持つのだけれど)という信条。それで助かるわけはなくとも銃撃される子どもを抱きしめる母親、何の役にも立たない珊瑚を封じ込めたガラス玉、プロールの女が洗濯物を干しながら歌う唄。