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【競馬コラム】コントレイルという名の希望

「あの頃」を思い出さずにはいられない。2020年の春。「人と会うと感染します。ほとんど症状は出ないので感染しているかはわかりません。でも発症すると生命に危機を及ぼします。薬ありません」というチート設定のウイルスが世界的に流行し、手探りの末に我々が取った対策は「家にいること」しかなかった。学校や幼稚園は休みになり、会社はリモートワーク。通勤・通学の時間帯も、電車は本当にガラガラになった。大型商業施設も臨時休業、「日用品が無くなる」というデマに踊らされた人々はこぞって量販店にトイレットペーパーを買い求めた。
展示会やコンサート関係も中止。もちろんスポーツの世界も例外ではなかった。Jリーグは開幕こそしたものの直後に無期限の中断が決定。プロ野球もギリギリまで調整が続けられたが、最終的には開幕延期が決まった。
テレビをつけてもワイドショーで流れる内容はネガティブなものばかり。家でやることに楽しみを見出すしかない我々は、お菓子づくりや家庭菜園などにチャレンジするくらいしか方法がなく、いつ終わるかもわからない暗闇の時代を過ごしながら、空虚な日々を送っていた。

そんな中でも、逞しく開催を続け娯楽を提供し続けてくれたのが競馬だった。騎手や厩舎関係者も感染対策を徹底し、感染が明らかになった人数は現在に至るまでごくわずか。本来なら飲みに行ったりゴルフに精を出すのが大好きな人々が、競馬を守るために努力を続けてくれた成果がそこにはあった。

そして、その中心で燦然と輝きを放ってくれたのがコントレイルである。
サリオスとの一騎打ちを制した皐月賞、強すぎて拍子抜けすらさせられた日本ダービー。いずれも圧巻の勝利だった。当時は医療従事者の方々への感謝の気持ちを現すとの趣旨で様々な演出が行われていたが、コントレイルの走りは僕にとってブルーインパルスの航行よりもはるかに希望を与えてくれるものだった。
秋にはわずかながら競馬場への入場も認められ、菊花賞では拍手に迎えられながら三冠のゴールに飛び込んだ。父ディープインパクトに次ぐ無敗での三冠制覇。決して得意とは言い難い3000mで、しかも馬場も荒れていた状況下で重圧をはねのけ、快挙達成の瞬間を我々に届けてくれた。
本来であればじっくりオーバーホールさせたい状況にもかかわらず、ジャパンCにも参戦しアーモンドアイ・デアリングタクトとの三冠馬対決実現にも一肌脱いでくれた。結果はアーモンドアイには及ばなかったが堂々の2着。1年を通じて一筋の光を感じさせてくれた。

だからこそ、敗戦が続いた今季の結果で「最弱の三冠馬」などというレッテルを貼られることだけは断じて許しがたいと思っていた。たとえこのジャパンCで敗れてターフを去ることになっても、彼を貶すような言動はあってはならないと、徹底して護ってやろうという覚悟を据えながらラストランを見届けた。

まあ、それは余計なお節介だったわけだが。

最後は久々にこの馬らしい、豪快な末脚を見せてくれた。先に抜け出したオーソリティをめがけてスパートを開始すると、一つ下の日本ダービー馬シャフリヤールを一瞬にして置き去りに。早々に勝利を確信させる強さで、ハッピーエンドのゴールへ。周囲の雑音も、余計な心配もシャットアウトする強さ。これぞ三冠馬の誇りである。

コントレイルとともに重圧と戦い続けた福永祐一も、耐えていたものが決壊。ゴール直後から人目をはばかることなく涙を流し、改めて相棒の強さを称えた。ジョッキーとして円熟期を迎えたタイミングで出会った、生涯最高のパートナー。ディープインパクトの背でいつも飄々としていた武豊もスマートだったが、これだけ感情を爆発させる姿には我々も胸を打たれた。コントレイルの鞍上がこの人でよかった。

17時からはパドックで引退式も行われた。日も沈み、寒さも増す中で多くのファンが彼の門出を見守った。現地の方々が「ありがとう、おつかれさま」を伝えてくれたことで、たくさんのものをもらった競馬ファンはほんの少しながら恩返しをできたような気がしている。
もちろん、この気持ちは未来永劫ずっと忘れるわけにはいかない。コントレイルの優秀な産駒たちを応援し、父仔三代にわたる三冠制覇や、世界情勢的に叶わなかった海外制覇を実現する道のりを見守ることで、感謝の念をいだき続けたいと思う。

レースは1角でシャフリヤールの進路が狭まる不利があったり、向こう正面でキセキが乱入してくる一幕もあったが結果は順当に。
2着のオーソリティは中2週ながらここを狙ったのが大正解。ステイゴールドの一族ながら負荷の軽いレースが合う。コントレイルに一発をお見舞いするならこの馬と思っていたが..結果は完敗ながら堂々の健闘だった。
シャフリヤールは前述の通り不利も受けたが、直線の追い比べであっという間に勝ち馬に引き離された。古馬相手のG1を勝つにはさらなるレベルアップが求められるが、どれだけ伸びしろが残っているかは今後のレースで見極めさせてもらおう。

天皇賞に続き後方から脚を伸ばしたサンレイポケットが4着。こうやってギリギリ馬券に絡めないのが穴党たちをもどかしくさせていることだろうw この健闘ぶりが評価されてG2で1番人気になるとたぶん不発に終わるのも様式美である。
オークス馬ユーバーレーベンも力は見せた。スローペースでは何もできんでしょうと諦めていたが、ゴール直前でチョロっと脚を伸ばしてきているのを発見。「おっ、掲示板はあるか?」と思ったら外から見慣れない勝負服が..フランスからやってきたグランドグローリーだった。正直オブライエン厩舎の2頭以上に何もできないだろうと思っていたら..これで3000万円ゲットです。おめでとうございます。

ジャパンC名物・女性の担当さんが素敵すぎた。何年か前にイキートスを曳いてた方もめちゃくちゃスタイル良くてベストターンドアウト賞ものでした。

連日の報道では感染者の数字自体は減少をたどっている。競馬場にも徐々に活気が戻り、少人数で飲みに行く機会も出てきたが、社会全体が受けた傷はまだまだ全快とはいかない。個人的にもその爪痕の痛みを感じることも増えてきた。だが、競馬があれば、コントレイルのような存在があれば、どんな時だって希望を感じながら生きていけるんじゃないかと思っている。

競馬にはその力があることを、コントレイルは教えてくれた。

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