【日常・カップル】よく見たら小エビ(834文字)


彼女のキーケースに付いているストラップが
俺は少し気になっていた。
淡いピンクの石らしきものがついてるやつ。

キーケースを見る機会なんて早々あるわけがない。
あの時はBluetoothのイヤホンが見つからないとか言って、
授業が終わったあとの教室で
バッグの中身をひっくり返していたから
それで目にしただけだ。


あれから数ヶ月、季節は夏から冬に変わり、
キーケースを見る日が再びやってきた。

目の前の彼女がキーケースを取り出して
鍵をマンションの入口の鍵穴に差し込んで回す。
ドアが開き、歩き出した彼女の後を追う。
エレベーターで三階へ。
部屋のドアの前で同じような動作をもう一度。

ストラップ?
ああ、そんなん忘れてたわ。その時は。


朝ごはん簡単でいい?
という問いかけに何でもいいよ、と答えて
ぼんやり部屋の中を見回していると
無造作に置かれた彼女のバッグから
キーケースが飛び出していた。
例のストラップがちらりと覗いている。
急にあの教室での記憶が蘇り、
寝起きのダルい身体を起き上がらせ、
左手を床につき、ベッドから上半身を伸ばせるだけ伸ばして
キーケースを手に取った。

ストラップの先の淡いピンクは。
淡いピンクは。

小さなエビだった。

「エビ……」

俺は思わず呟いた。


フライパンにはカリカリのベーコン、
スクランブルエッグにハッシュポテト。
あ、フライパンて取っ手が取れるやつね。
うちでは使ってないけど食卓にそのまま出せるってのは
実際見ても便利だと思う。
レタスとトマトのサラダには
褐色のドレッシングがかかっている。
カップのコーンスープの湯気が温かい。
そのうちにオーブントースターが高い音を鳴らして、
朝食が始まる。

「いただきます」
手を合わせて食べ始める。
「食べる時っていつもそうするよね。偉いと思う」
「もう癖みたいなもんだよ。
でも最近になってから逆に、結構大事かなって思ってる」
そんなやりとりをしてしばらくは、食器の触れ合う音や
自分の咀嚼音だけが耳に響いていたが、
俺はさっきから抱いていた疑問を口にすることにした。

「あのさ……」
「なぁに?」
「キーケースのストラップ、なんでエビなの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」

彼女はコーンスープを啜ってから答えた。

「私、焼津出身なの」

思わぬところで俺は彼女の出身が静岡であることを知る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?