【ギャラリー・白昼夢】額縁の中の花(854文字)※朗読動画あり

「花雫物語~Wild Rose」のタイトルで朗読している動画があります。 
よろしければこちらもお聞きください。

不意に出会った額縁の中の世界は色を失い、 
それが遠くどこまでも続くことを思わせる。 

一輪の花がこちらを見ていた。 
何の花かと思えば野ばらだという。 
額縁の下にワイルドローズと書かれていなければ
それが薔薇であるとは気づかなかったであろう。


時々訪れる画廊から送られてくるダイレクトメールには
惹かれることもそうでないこともあるが、
ともかくも「当たり」が多い。
電車の乗り換えが二度あっても、
その乗り換えが昔と違ってやたらに時間を費やすものでも、
その日はその予定に捧げると決めて、
いつもの休日より少し早く起き、私は家を出る。

先頃届いたダイレクトメールは私の休日に貼り付けられ、
私は掌に乗るほどの旅を楽しむこととなった。
浮き立つ心が元の位置に戻るまで充分に時間をかけて
一枚一枚の絵と向き合いながら奥へと進む。
出会ったその絵ともまた、同じように向き合う。

薄紅の飾り気のない花と目が合うやいなや
私は見知らぬ場所に立っていた。 
いや、見たことは、ある。
今まさに見た、色を失った世界に
私は立っていたのだ。

そこにはあったはずの野ばらはなく、 
代わりに立ち尽くす少女がひとり。 
こちらを向いているが、見てはいない、と感じた。 
少女は黙ってただ立っている。 

静かな風が時々髪を揺らす。
そして彼女自身の瞬き、呼吸に伴う体の動き、 
それが彼女の動きの全てだった。 

「君は知らないんだね」 
一定を刻む彼女にほんの少しの乱れ。 
「君は花と生まれて咲いたんだろう。 
それがすでに世界を変えているということを
君は知らないでそこにいる」 

その目が素早く瞬かれた。 
「君の存在が、すでに、はじめから、美しく尊い。 
君は生きている。もうずっと。 
枯れたような目をしているけれど。 
咲くというのはね、笑うということだよ。 
君は本当は自然と笑っているはずなんだよ」

戸惑いの色をその目に浮かべて私を見据える。

「大丈夫。何も迷わなくていい。案ずることもない。 
今までと今からは違う。 君は君になりなさい。君で在りなさい。 
もう大丈夫だよ」 

彼女の瞳が揺れて光の粒が零れ落ちた。


額縁の中には淡くあたたかな世界が広がっており
ひとりの少女が描かれていた。 
うれしそうに笑みを浮かべて歌っている。
その歌声が聞こえたような気がして
私はそっと目を閉じ、耳を澄ませた。

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