【恋愛】メグリユイ(1771文字)

非常階段で風に吹かれている。
ちょっと飲みすぎた。ふらふらしている。

本当のところそれで外付けの非常階段にいるのは
若干危ないのかもしれないが、風に当たりたかったのだ。

ドリンクバーの渇いたグラス…いやコップと言いたいそれに
お茶を注いで持ち出し、少しずつ飲む。


今日はサークルの後輩の結婚式だった。

大方のサークルのメンバーは二次会からの出席で、
今は三次会のカラオケ。
サークルのメンバーはカラオケ好きが多いこともあり、
意外と残っている。
久しぶりの再会になる人もいてテンションも上がり、
そしてうっかり飲みすぎた。
そして三次会が始まり、
早々にパーティールームを抜け出すことになったわけだ。

隣にいた先輩に風に当たってくると告げては来たので、
まあ大丈夫だろう。
秋の風は火照った顔には心地よいが、少々肌寒くもある。
長居はできないかなと思っているうちに、
ドアノブを回す音がした。
ギィという音と共に誰かがこちらへと出てくる。

「沢谷くんも酔い醒まし?」
「まあね。大島さん、すぐいなくなってたけど大丈夫?」
「さっきよりはだいぶ」
「ならいいけど」

沢谷くん。大島さん。
まるで1年の時みたいだ。

「いつぶりだっけ」
「一昨年の忘年会?」
「ああ、俺去年は都合つかなかったからな」


同期の私たちは2年の時から付き合っていた。
付き合っていた頃はショータ、ナナカと
名前で呼びあっていたけれど、
4年の春に別れてからは気まずくて、前の呼び方に戻した。

呼び方に戻したというか……
別れてからほとんど話はしていない。

別れた原因は彼の交友関係だった。
友達の多い彼は遊びの予定が多く、
しょっちゅう誰かが泊まりに来ていて、
私が思うようには会えなかった。

友達と私どっちが大事なの、
と何度言いそうになったかわからない。

その頃の私には時間がたくさんありすぎて、
彼のことを考える時間はいくらでもあった。
それがきっといけなかった。


今となっては仕事も忙しく、
プライベートもぐったりしていたりする。
変な話だけど、今の私なら
あの時の彼と釣り合うのかもしれない。

卒業してからできた彼氏は、
私が忙しすぎて別れるという結果を迎えた。
大学生の頃の自分を見ているようだった。
新しい彼氏ができる余裕がないまま、
あれから3年が経っていた。

「最近どうよ」
「仕事が忙しい。毎日あっという間すぎて怖い。そっちは?」
「俺も同じようなもんだよ。最近休日出勤も出てきたし」

持ってきたお茶は飲み終えた。口実としては充分。
こんなに間近で一言二言で終わらない会話をするのは
久しぶりだった。
早く逃げ出したい。



やっぱり好きだと思ってしまった。
確かに思ったように会える人ではなかったけれど、
でも好きだった。
好きだからこそつらかったのだ。

一目惚れから始まり、
意外に少女漫画好きだったこと、
好きなアーティストがかぶっていたこと、
食べ物の趣味が合うこと…
一緒にいれば楽しいことばかりだった。
真面目な話だってできる相手だった。
悩みを話して一緒に考えてくれたこともよく覚えている。

でも、私たちは別れてしまったのだ。
しかも離れたのは私からだった。だから。

「お茶も飲み終わっちゃったしそろそろ戻ろうかな。
この格好結構寒いんだよね」
そう言うと彼の前を通り、ドアノブに手をかける。

「ナナカ」

心臓の音、が、した。

「待って」

後ろから抱きすくめられて、体が硬直する。

「こうしてたらあったかくない?」

言葉が何も出てこない。
声が耳に近くて、
あっという間に埋め尽くされようとしていた脳の容量が
さらに圧迫される。

「…なんで……」 

やっとのことで声を絞り出す。
「理由なんてひとつしかないよ」
首筋に触れていた髪がさら、と動いて、反射的に肩が震える。

「俺、やっぱりナナカが好きだ」
 何度かの呼吸の後、私を戒めていた腕が緩んだ。

「こっち向いてよ」

ぎこちない動きで体を半回転させる。

あっという間に顔に手がかかり、
私は息の退路をひとつ失うことになる。
酸素が欲しい。
全てが絶たれたわけではないけれど、供給がうまくいかない。
与えられる感触と酸素不足が残った容量を喰らい尽くす。
コップも取り落とし、
自分の体を支えられなくなっていく私を彼は追うが、
奪取の手を休めることもない。

そこを逃げ出して、終わるはずだと思っていた。
もうサークルの同期としての関係しか結んでいられない
と思っていた。なのに。

ようやく、酸素の供給量が増える。
「ナナカ」
随分空気を含んだ声だった。
「もう一度付き合えない?」

「私忙しいからあんまり時間作れないし……
それで別れたことあるし……」

「忙しいのは俺もだよ。それに……」

彼はじっと私の目を覗き込んだ。

「今はもう一緒に住める。
もう滅多に人なんか泊まりに来ないよ。
あの頃は寂しい思いさせてごめんな」

何も言えなくてただ腕を彼の背に回す。


肌寒さは感じなくなっていた。
だから今はここであともう少しだけ。

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