【SF】「明日でこの世界は終わります」(955文字)


強制的に繋がれた回線を伝って静かにそう聞こえた。

そうか。とうとうその時が来たか。
地球の人口は最早5億人を割り、地球政府が置かれて久しい。
先程聞こえたものを正確に言い表すならば
「地球で存命中の人類終了のお知らせ」だ。

宇宙に出ていった人たちはそれはそれはたくさんいる。
ここには出ていくことを選べなかった、
選ばなかった人たちが残っている。


地球での暮らしは大変穏やかなものだ。

「今」を伝える何かはほぼないに等しいけれど、
過去の膨大なアーカイブから
何かしらの記録を見聞きするなら、
たぶん一生分の時間があっても足りないくらいで、
新鮮な思いならいくらでもできる。

それも繰り返しで、退屈と言えるかもしれない。
けれど、平和は絶対的だった。


大きな安楽死が随分前から計画されていたのは周知の事実。
それが突然知らされるものというのもまた。

家の外には昨日とまるで同じような空が広がっている。
天気予報は明日も晴れだ。気温も同じようなもの。
つまり、明日も今日と同じ空なのだ。

さよなら昨日。今日。そして明日。

もう面倒をみる人は誰もいないから、
私は温室の花を全て部屋に持ち込もうと思う。
その前にケーキの生地をオーブンに入れよう。
何種類か作って、ミルクたっぷりの紅茶と一緒に食べたい。

カプセルの中の眠り。
チューブ越しの栄養剤を横目にささやかな夢を叶えて。

明日
この世界は
終わる。



男はいっそう地下にある「外」と呼んでいる場所に向かっていた。
まるで本物の青空、の下の小さな温室。
青と白の花々に迎えられて微笑む。
本来作る必要のない温室の中で、男は花を切る。
「思ったより…多かったな……」
つい呟いた自分に苦笑してから、
両手いっぱいに花を抱えて上に戻る。

オーブンの残り時間を眺めながら、一度調理器具を洗う。
次のケーキを作るのにはそれをせざるを得ない。

バターの製造時期を見ても
それがどんな時期だったのかはよくわからない。
保存の技術が発達したからこそ、バターを手にしているのだが、
もうこの星では本物のバターは作られることがないのだ。

3つめのケーキが焼ける少し前、スコーンの生地を切りながら、
男はこの仕事に就いた時のことを思い返す。
絶対の孤独を飲まなければならない。
「さいご」という言葉を一身に背負うこれからを
ひとりで生きなくてはならない。
それでも選んだ。
自分以外の「人」の全てから自分を切り離して
これまで生きてきた。


「明日でこの世界は終わります」

マイクに向かって囁き、カップに紅茶を注いだ。
続いてミルクをたっぷり。

体に慣れた最高の味で幕を引く。

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