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3000字の呼吸【書きかけのような日記】

夏が消えちゃったと、みんなが探している季節はいま南半球に向かっています。

そう書かれたハガキがポストに投函されてもおかしくないくらい、きちんと冬が終わった。お昼を過ぎてから、リビングの大きな窓から差し込む日差しの量が増え、カーペットの表面がポカポカする。

スーパーではキュウリ、ナス、トマトと、夏野菜の存在感が増している。芝生が伸びるのが、1週間早くなった。裸足を歓迎する太陽のもと、帰宅時の娘の足の裏は真っ黒だ。

夕食後、キッチンのごみをまとめて外に出ると、澄み切った水のような風のなかに予感がする。西の空に裾を輝かせたオレンジ色の雲が流れ、後ろを振り返れば東の空は飴玉のようなピンクに霞む夜。

ふたつの色が混じるマジックアワーが、夏の準備をしている。

***

3000字のお話を書くために、書くものを探している。

長すぎず短すぎない。原稿用紙10枚に満たない枚数に、入れられる感情は限られている。

3000字は、感情の石が1つでは余白が多すぎるし、2つではぎちぎちになる。1.5個ぐらいのサイズがちょうどよい。

ちょうどよい濃淡で重さの感情を探すといっても、白いnoteの前で云々唸って出てくるかというと、出てくるときもあるしそうでないときもある。

仕事の文章を書き、アジアンスーパーで野菜を買い、夕飯を作るためキッチンに立つ。カレーとマッシュポテトのために手を動かしながら、寂しいような気持ちについて考える。

たとえば、買ったミニトマトの箱をあけたら数個つぶれていた。失敗したとうなだれる後頭部に、「最近、悪いのばっか買うね」と夫からの追い打ちがかかる。

こんなときのザラザラとした悲しみは、口に出すのは難しくて、時間が経ってから小説に変わります。

3000字のために何もつかめなかったので、考えた記録だけ残す。

***

2年前、庭の隅に私の背丈ほどのプラムの木があった。春になるとあんまりにもたわわに実を付けるものだから、ある風の強い夜に根本から折れてしまった。

根っこだけ残ったプラムの木は、いま、脇から出た芽が伸びて枝になり、いくつも白い花を咲かせている。

プラムが折れた春、私はまだ小説を書いていなかった。

あの頃、芝生をうろついていた猫はもういない。



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