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遅れてきたGS 3

3.1964年(昭和39年)由美 @金沢

「うわっ、カレーライスだ!」
食卓のお皿を見て、由美は心の中で悲鳴を上げた。
彼女は、カレーライスが大っ嫌いなのだ。
カレールーの味そのものは好きで、ルーを舐めると「美味しい!」と思う。
白いご飯も好きだ。特に、ご飯にお塩を振って食べるが好みだった。
しかし、白いご飯を黄色いカレーが汚しているのは許せない。
由美がためらっているって
「お母さんのカレーは美味しいんだよ!」
博臣が悲しそうな顔をした。
「せっかく作ったんやし、由美ちゃん、わがまま言わんと」
博臣の母親も熱心に勧めてくるが、見ているだけで気持ちが悪くなってくる。
「ゲボしちゃう」
「お食事中にそんな汚いこと言ったら駄目でしょ!」
素直に言っただけなのに、博臣の母親から叱られてしまった。
あーあ、せっかくの誕生日なのに、叱られちゃった。
「アキもねえ、ご飯にかかったカレー、食べられないの。カレーとご飯、違うお皿によそってください」
急に明が言った。
「アキも食べられないんだ!へぇー、そうなんだ」
由美の目が輝く。
カレーライスが嫌いな子どもは、自分一人だけではなかった。そのことが素直に嬉しい。
「あーあ、せっかくよそったのにもったいないねえ」
博臣の母親は二人のために台所へと立った。
明からお願いされると、たいていの大人は言うことを聞く。
それくらい明は愛くるしかった。
2人は白いご飯とカレールーを別々によそってもらい、スプーンも2本もらった。
そして、ご飯とルーと、別々にスプーンを使った。
やっぱり、こうやって別々に食べた方がずっと美味しい。
ご飯とカレーが混ざると気持ち悪い。
「あらあら、変わった子たちやな。お母さんも大変やな」

そう、由美はよく「変わった子」と言われる。
自分は平気でも、お母さんが周りの人たちからそう言われて、困って、泣きそうな顔をしているのを見ているのは辛かった。
そういう時には、心の中で「お母さん、ごめんなさい」と思っている。
でも、明も自分と一緒だったから、ちょっとだけほっとした。
誕生パーティーのご馳走にカレーライスが出てきたのは嫌だったけれど、大好きな明と一緒に、誕生会に招かれたのも嬉しかった。
これまでの誕生日は母親と二人っきりで過ごしていた。
「5人も集まっている誕生日なんて初めてだ!」と思った。
豪華なデコレーションケーキも嬉しかった。
ケーキを飾るチェリーを模したカラフルな砂糖菓子にも胸が躍った。
さらに、デザートには本物のイチゴが出た。
「うわぁー、イチゴだ!」
3人揃って歓声を上げた。
「イチゴは夏の果物やさけな。何軒も探し回って、やっと果物屋さんでみつけたんやぞ」
博臣の父親が誇らしげに言う。
「今年はイチゴなんてもう食べられないと諦めていたわ。昨年の大雪は、本当に大変だった。お前たち、雪が凄すぎて玄関使えんさけ、二階から出入りしとったん覚えとるがけ?」
と『三八豪雪』の思い出を延々と語りだした父親を遮るように、母親が華やいだ声を上げた。
「はーい、どうぞ召し上がれ」
「召し上がれだなんて、何て素敵な言葉なのかしら!」と由美は思う。
博臣の前にはピーターパンの絵が描かれた器に、イチゴが4つ。
明の前にはバンビの絵が描かれた器に、同じようにイチゴが4つ。
由美の前に置かれた器には、シンデレラの絵が描かれていた。
「シンデレラとかお姫様の絵じゃなくて、王子様の絵がいいのに」
由美が女の子だからって、どうして大人はお姫様を押し付けてくるんだろう。
女の子というのは、みんなお姫様が好きって、一体、誰が決めたの?
博臣の器に母親が並々と牛乳を注いで、さらに上からお砂糖をかけた。
あろうことか、博臣はそれらをグチャグチャとスプーンでつぶし始めた。
「由美ちゃんも牛乳とお砂糖かける?」
と聞かれて、由美はあわてて首を横に振った。
同じように聞かれた明が、
「アキ、要らない。このまま食べる」
と言ってくれたのでほっとした。
2人は、ぐちゃぐちゃにイチゴが潰されて、ピンク色に染まった博臣の器を見ないようにしながら、みずみずしいイチゴを頬張った。

博臣の父親は
「今日はヒロと由美ちゃんと明君の誕生日だから」
と言って昼間から機嫌よくビールを飲み、赤い顔をしている。
「ヒロ、お歌を歌って上げなさい」
促された博臣は、広告の紙を丸めた手製マイクを握りしめながら、
「赤~い夕日が~校舎をそめ~えてぇ~」
舟木一夫の「高校三年生」を歌った。

「ヒロ君は、難しいお歌を歌えてすごいわねえ」
「ヒロは、よく覚えられるなあ」
と両親は大はしゃぎしている。
博臣の歌を聴きながら、由美は「フツーだな」と思う。
正直にいえば、上手でも下手でもない。
両親のアンコールに気をよくした博臣は続けて、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」を歌った。

「わたしがママよ」のところを「ぼーくがヒロくんよ」と歌うのを聴いて、両親は喜んでいる。しかし、
「やっぱり博臣の歌はフツーだな」と由美は思う。
「ほれほれ、ヒロばっかり歌わんと、由美ちゃんも明ちゃんも歌って、歌って!何も大人の歌じゃなくても、子どもの歌でもいいんやぞ。ほら、あれはどうだ?クラリネットの歌、ヒロ、一緒に歌ってやって!」
「あの歌は難しいわ。お父さん、無理強いはいかんよ」
とっさに母親が止めに入ったが、
「オ パキャマラド パキャマラド パオパオパンパンパン」ためらうことなく、博臣は得意気に歌い出した。

「アキは三田明の歌、歌う」
そう言って明は前年に流行った三田明のデビュ―曲、「美しい十代」を歌った。

明はすごく歌が上手かった。
「明くん、うまいねえー」
博臣が両親に同意を求めたものの、二人は微妙な表情をしている。
「明君も大人の歌、歌うんやねー」
「うん。アキ、三田明と同じ名前だから、ママが覚えなさいって」
「ほうか、ほうか。お母さんが練習させたんやねえ」
それだったら、これくらいは歌えて当然だというような安堵した表情を、博臣の母親が見せた。
「由美ちゃんも歌わんか?子どもの歌でいいんやぞ」
父親が赤い顔をして目を細めた。
由美は1人で歌うのは嫌だったので、
「アキ、『ヘイポーラ』は歌える?」
と明をデュエットに誘った。
「歌えるよ!でも、アキ、ポーラの方を歌いたい!」
「やった!」と由美は思った。「私もポールの方がいい!」
2人で歌い終わって、由美は「やっぱりアキは上手だなあ」と思った。明は絶対に音程を外さないのだ。
博臣はパチパチと拍手をしながら、
「すごい!2人とも本物みたいだね!」
とはしゃいでいたが、両親は渋い顔をしていた。
「う~ん、たしかに、上手いけれど、由美ちゃんが梓みちよの歌を歌うと、もっと良かったかなあ」
「そうやね。男の子が女の歌、歌うなんて変やわ。明ちゃんがヤッチンの方、歌わないと反対っこになっちゃうからね」
せっかく2人とも一生懸命に歌ったのに、ケチをつけられてムッとした。
「アキ、恋のバカンス歌える?」
「歌える!その歌、アキ好きなの!」
「私、ハモるからさ、アキ、メロディーの方ね!つられないでよ!」
「わかった!大丈夫!」
そういいながら、明は必死でついてくる。
「き~ん色にかがやくぅ~」の箇所から由美はハモった。

2人が歌い終わると、また博臣はパチパチと拍手して
「ザ・ピーナッツみたい!ねえ、由美ちゃんと明君、違う風に歌っていたね。あれ、どうやるの?」
「由美ちゃんがエミちゃんのところを歌って、アキはユミちゃんのところを歌ったの。声が重なって、アキ、ゾクゾクってなった!」
大はしゃぎしている子どもたちを、博臣の両親は冷めた目で眺めていた。
「やっぱ、子どもが大人の歌を、歌うのなんてあかんわ。なあ、口づけってわかって歌っとるんけ?」
「知ってるよ!チューだよ、チュー。由美ちゃんチューしよ!」
「ヒロくん、アキとチューしよ!アキとしよ!」
博臣と明が調子に乗ってはしゃいでいたところ、
「博臣!いい加減にしなさい!」
と博臣だけが母親から厳しく叱られた。さらに、
「由美ちゃんは、オルガンかなんか習っとるがけ?」
と聞かれた由美が
「ピアノ!」
答えると、「ああ、それでか」と納得したような顔をされた。
「ピアノ習っているんやったらねえ、そりゃねえ…」
決して博臣が劣っているわけではないのだと、母親は思いたがっている。

お互いに歌の披露も済んだところで、
「3人とも外で遊んでおいで」
とようやく解放された。
博臣がダンボールのおもちゃ箱を持って来て、
「ヒロ君のおもちゃの中から、好きなのを使っていいよ」
と得意気に言った。
ピストル、ライフル、刀に光線銃。
全て由美の家にはないものばかりだった。
いくら欲しくても、女の子にはこういうのは買ってもらえない。
「僕、隠密剣士ね。そして明君が悪者で、由美ちゃんは捕まってるお姫様ね。明君、由美ちゃんのこと、これで縛って」

博臣が遊びを仕切って、明に縄跳びを渡そうとしたところ、
「私、嫌だからね。私が悪者やっつけてお姫様助ける。正義の味方がいい」
由美は刀と銃を手に取った。
「ダメだよ。お姫様って女の子でしょ。由美ちゃんしか女の子がいないんだから、由美ちゃんがお姫様なんだよ」
うるさいなあ、もう!
「じゃあさ、決闘で決めよう。ヒロ君勝負!」
いきなり由美が刀で頭を叩いてやったら、博臣はワーッと泣き出した。
「あーあ、ヒロ君、男のくせにすぐ泣くなぁ。そんな弱虫だと正義の味方になれないよ!」
と由美が呆れていたところ、
「あのさ、アキのこと縛っていいよ」
と嬉しそうに明が言いだした。
それを聞いて、泣いていた博臣もキョトンとしている。
明は自分のことを縄跳びでぐるぐる巻きにして、
「早く縛って!縛って!」
と嬉しそうにしている。
手先の不器用な博臣が何とか明を縛り上げることに成功すると、由美は大はしゃぎで、
「姫、助けにきましたぞ!悪者め、こうしてくれる」
とプラスチックの刀で博臣の頭を叩いた。すると、博臣は
「うわーん、お母さん、由美ちゃんがぶったー」
と泣きながら家に戻ってしまった。
由美は全く気にも留めず、
「姫、大丈夫でしたか?」と言って明の縛めを解いてやり、2人で手を取り合って、博臣の家とは逆方向に駆け出してしまった。


(続く)
*この物語はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません。

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