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相棒になった最初で最後の愛車

【企画参加】あなたの「大事にしていたから『大切なもの』に変化する話」

私が車を持っていたのは40年ほど前、あれから車を持つこともなかった。でも、もしできるならあの頃の時間に戻ってあの車に乗ってみたい。    

日産ローレル2000GL、何も考えないで一晩中走って、好きなところで寝て、また走って、なにやってるのか、なにが楽しいのかそんなこともどっちでもよかったあのときの気持ちで・・・・。

私とその車との出会いは二十歳なってからだった。免許を取ってどうしても車がほしくなり、当時タクシー運転手をしていた父親に話すと、ちょうど友人で車を売りたい人がいるからというのですぐに頼んでしまった。

車に乗りたいだけでこだわりなんてなかったから乗用車ならなんでもいいと思っていた。まさか軽トラなんてことはないだろうぐらいで期待もしていなかったんだけど・・・。

おい、もってきたぞ、ていう感じで父親が家の前まで運転してきた。第一印象はでかい。なんてでかいんだ。しかも色も黒っぽい。
ジミだとってもジミだ。

父がこれはローレルの2000ccだよ、30万でいいってよ、といい。わたしはしばし・・・・でかいなあ。

なんでも社用車で使用していたもので、かなり古いけど大事にあつかってたから状態はいいんだよと父は言う。
(とはいっても、そのとき年式がすでに10年以上前の車)

でも二十歳で始めての車が4ドアのセダン2000ccかあ、ほんとうに運転できるのかなあ。ちょっと不安だ。当時、どちらかというとインドア派のわたしがちょっと無理していたので、この車はちょっと自信ないと思った。

当時、私と同じぐらいの年代で車を改造して大きな車を運転しているのがいるにはいたが、みんなクーペタイプ、2ドアタイプでこんなに落ち着いた車に乗っている人はいない。

なんか、車が俺の保護者みたいな貫禄。ちょっと負けそうというか、負けてる感じしかしなかった。

それからは会社が休みのたびに車に乗っていた。すこしずつ車になれてきて、その仕様を確認していくと、すごく多機能なことにおどろいた。

シフトは4速、マニュアル車、アクセル、ブレーキ、クラッチ。窓は電動で上下しました。(窓のパワーウィンドウは当時はめずらしいかった)

ボディの色もみなれてきたら自分ごのみだ。最初は黒っぽいだけかと思ったらモスグリーンのメタリックで深い緑(焦茶に近い)の色の中に金色の粒が沈んで見える、表面はガラスの膜があるみたいにきれいなコーティングで光沢がある。

フロントのマスク部分、ライトは丸めの4灯。ごつい鉄のバンパー。そのバンパーの下にフォグランプが左右についている。フェンダーミラーは運転席から鏡の部分が電動で角度調整できる。
(ドアミラーが出始めた頃でフェンダーミラーがまだ主流だった)

ハンドルはパワーステアリングで軽く動く、ハンドルの位置も上下に角度の調節が可能だ。(チルトハンドルと言うらしい)

後ろのシートの背もたれ中央には肘掛け部分が埋め込まれていて引き出せるようになっている。そして左右の天井には手元を照らす小さなライトがついている。

アイドリングの音は静かで、アクセルを踏まなければエンジンがかかっているのに気が付かないくらい。

会社の仕事が平日の休みが多かったので、夜遅く走っていると車も少なくて街中は静かだ。運転が多少へたでも問題なかった。

車のカーステレオで音楽のカセットテープを聞いて走っていた。佐野元春さんのSOMEDAYが入っているアルバムなんかが特に気に入っていた。

交差点を曲がると大きなボンネットを照明が反射して流れていくのをきれいだと感動し、信号で止まるとショウウィンドウに移る車の長い車体が「かっこいい!」と本当に思っていた。

いつもの埋立て地までドライブして、車を止めて一服して・・。シートに座ってボーッとしていると雨が降ってきて、アスファルトが濡れていく匂いがする。なぜかそんな時間を思い出す。

あんなに好きな車だったのに、生活の一部というか全部というか・・。それが人並みに好きな人ができて、お金を少し貯めようとか欲が出てあっけなく小さな車に買い換えてしまった。

乗り換えた車は味気なく、付き合い始めた女性とはうまくいかずに別れてしまった。そしてあるとき有料道路を調子に乗って走っていて事故を起こしてしてしまう。

幸い首のむち打ちですんだが、車は機能停止で廃車となった。終わったな、もういいや。あの夜、事故の衝撃で道路に飛び散ったカセットテープを拾いながら、なにか持っていた物がすべて無くなった気がした。

それから1年後ぐらいに最寄り駅ちかくの駐車場にあのローレルを見つけた。新しいオーナーが借りている駐車場だろう。いけないと思いながら車に近づく。

ナンバーを見て間違いない。ドアの鍵穴のキズ防止に自分で貼ったローレルのロゴ入シールもそのままだ。

やっぱいいなあ・・・ほんとうにいい車だ。ほんとうに楽しくて、乗っててほんとうによかった。好きだったのに大切にしなかったから俺、バチがあたっちゃったよ。心の中で謝った。

何年も、免許の更新はしたけれど自分で車を持つことはなかった。
思い出すと今でも切なく、なつかしい。
俺の大事な相棒、ひとりでいた俺のことを一番しっている相棒。

短気なくせに弱虫で、仕事もできないくせに一人前の顔をしていたお調子者だった俺。でもあのシートに座れば落ち着いた、リセットできた。
「いいじゃないか、走って忘れてまた明日だ。」

ここからは妄想・・・・

ちょっと縁起の悪い話だけど、自分が亡くなった日にあいつが迎えにこないかなあ、って思うときがある。

自分の命が消えたときに、一瞬で昔の時に戻る。息が凍るほど寒い冬の夜。
もう今は無くなった月極の駐車場が目の前にある。右の列の手前から3番目、相棒はあの時のまま駐車してある。

ドアを開けてシートに座る。ささっているエンジンキーを回す。
「グワッ、ギュルルッ・・・・・」
「あれ、寒いからバッテリーだめかなあ?」
こういうことよくあったねえ・・。

こういうときは、アクセルを2回、床まで踏んで離してからエンジンキーを回す。
「ギュルッ、ギュルルッ・・ギュルッ・・・・・・・・」
バッテリー弱ってるからキーはこれ以上まわさない。
1分弱、そのままで・・・。
少しガソリンが揮発きはつする間隔かんかくをあける・・アクセルに軽く足を乗せ。

もう一度「ギュルッ、グルッ・・キュルルルル~ブウォンブウォン~」
かかった!アクセルを半分ぐらいやさしく踏む。
「ブウォンブーン・・・・・・」
もう大丈夫だ。

しばらくは暖機運転、アイドリングの音が高く響く。
相棒が心に話しかけてくる。
「お前老けたねえ・・・。」
「うるせえ。」

「ここから先は選べるらしいぜ。俺とこのまま亡霊になって永遠に走り続けるか、生まれ変わって人間に戻るか。」

「へえ、それは贅沢ぜいたくだねえ、じゃあ俺はお前と永遠に走り続けるでいいや」

「なんでだあ」

「もう、十分だよ人間は・・。」


以上、回想と妄想でした。
その車は相棒、目のお前にはもう存在しないのに思い出すだけでその時の気持ちや風景や匂いまでも、思い出せそうな気持ちになる。


松下友香さんの企画に参加させて頂きました。
ほぼ自己満足で、古い感覚、わかりにくい描写が多いことをお許し下さい。

最後までお読み頂きありがとうございました。


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