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近世日本のベンチャー企業家角倉了以伝

時は戦国!安土桃山時代から江戸時代初期の動乱期。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という天下人と渡り合った豪商がいた!
その名を角倉了以。
息子素庵とともに、朱印船貿易に乗り出し世界に飛雄する一方、世界最先端の土木技術で、保津川、富士川、高瀬川など急峻な河川開削に着手、河川舟運を開くことで近世日本に、新たなビジネスモデルを展開し、日本の経済・産業史に大きな影響を与えた実業家です!
 16世紀後半から17世紀前半の世界大航海時代。欧州列強が大船団によりアジアへ進出し、植民地化を進めていた頃「人を損(す)てて己を益するに非ず」という利他の精神のもと、世界最古ともいえる企業モラル「船中規約」を作成し、事業を実践した了以。その鋭く先進性の高い国際感覚には目を見張るものがあります。
 また、近世日本の流通形態に革新を起こした河川舟運事業。その先見性や事業合理性、計画性、技術力の高さは、当時の日本において際立つビジネスセンスを持っていました。
そして何より為政者の交代等の政局に左右されない強固な事業運営と志のもと、今に例えるなら「総合商社」と「ゼネコン」部門を兼ね備える財閥や総合企業グループを築いた、その総帥といえる存在です。

 近代的な企業理念と現在のグローバルスタンダーでも通用する国際感覚と思想を持ち合わせた了以は、日本が世界に誇れる企業家です。
冒険心とフロンティア精神溢れるスケールの大きい国際企業家・角倉了以。
彼こそ、今の日本人、特に次世代を担う若者に最も知って貰いたい『日本人』なのです。
この連載を通じて、より多くの日本人また世界に人々に知って貰うため、「角倉了以」という実業家を実像に迫ってみたい。

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