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見聞きすることが増えた『弱者男性』という言葉

 わざわざ『弱者男性』なんてカテゴライズすることに違和感。救いの手を差し伸べろとでも説教したいのだろうか。恋愛等の市場で『弱者男性』の市場価値が低いのは、市場に問題があるだろうか。批判ではなく、単純に疑問だ。

 『弱者男性』(といわれる部類)として生きてきてないので、説明されて想像することや理解はできても、共感することはできない。顔や経済的ステータスが高くなくともそれなりに恋愛をしている知人はいるから尚更。

 偏見かもしれないが、恋愛面におけるステータスも、経済的ステータスも、向上させるためには試行錯誤の積み重ねが大きい。初期ステータスが異なるのは勿論存じているが、人は生まれながらにして不平等であるし、生まれてからも不平等だ。

 社会や特定の人々に平等や優遇を求めるのは構わないが、「そんなものは与えられて当然」というのは、能動的に行動せず、ただ受動的に享受したい態度、即ち甘えや怠惰に見えてしまう。相手や社会を変えることの方が難しいというのに、なぜそんなコスパが悪く、非合理的な行動をとるのか不思議だ。やはり人間は合理的に行動するというのは難しく、感情的な生き物なのだろう。

 現在、弱者でも自然に淘汰されず、生きれてしまう世の中や社会となってしまったことも一因かもしれない。

 眠くなってきたので今回はこの程度にしたいと思う。

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