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ずっと悲しかったんだね

また自分のネガティブな気持ちを掘り下げている。2日前にちょっと「嫌な気持ち」になることがあって、でもその「嫌な気持ち」がどこから来るのかわからず結局2日間断続的に考え続けていた。やっと、納得できる着地点を見つけたので、こうしてnoteを書いている。

それは金曜日の午後だった。午後休の私は、用事があって最寄りの都会に向かうことにしていた。ついでといっては何だが、用事の前に友達とランチをする約束付きで。その友達は先日新しい遊び道具を買ったので、ランチのあと家に遊びに行くつもりだった。むしろその新しい遊び道具こそが、私がその友達に会う真の目的だった。それは向こうも了承していた。

しかし直前になって一つ目の用事の時間が前倒しになった。計画変更。ランチのあと私は一つ目の用事へ向かい、そのあと友達の家にお邪魔し、二つ目の予定までの時間を潰す算段をした。無事一つ目の用事を終えて友達に連絡をしたところ、近くのカフェバーにいるという。少し不思議に思いながらそちらに足を向けた。天気もよかったし、屋外にいるのも悪くない。何より私は1つ目の用事がうまいこといってご機嫌だった。細かいことはどうでもいい。

カフェバーに到着すると友達は一人でテラス席に座っていた。私も席につこうとして、椅子の一つにバッグが置かれていることに気づく。友達はバッグは持っていなかったはずだ。誰かいる。

友達が口を開く。「実はもう一人友達が一緒なんだ。今トイレに行っている。」「あぁそう」私はそれ以上何も言わなかった。わかっていた、椅子に置かれたバッグに気付いたときから。

結局3人でおしゃべりをして過ごし、私はそのまま次の用事に向かった。2人と別れてひとり歩きながら、自分が不機嫌であることに気付く。しかしその理由がいまいちわからない。当初のプラン通りにことが運ばなかったから?私の知らない人がいたから?(私は初対面の人と会うには心の準備が必要だし、会った後にどっと疲れてしまう)一番の目的だった新しい遊び道具を試せなかったから?それとも私は今日、友達と二人だけで会いたかった?友達が私よりもう1人のことを気遣っているように見えて嫉妬した?まさか。考えられる理由をどんどん上げていく。どれもしっくりこない。きっといくつもの理由が混じりあっている。私はただただ途方に暮れながら不機嫌でいることしかできなかった。理由がわからないのでは、自分を慰めることもできない。

昨日一日不機嫌の理由を考えていた。私は何がそんなに気に食わなかったのだろう、何が刺のように心に刺さっているのだろう。これは、思ったより根が深そうだ。ひとり堂々巡りをしていると、友達から連絡が来た。「昨日は本当にごめん」。もともと私と約束していたのにそれを相談なしに変更して、結果私の一番の目的が果たされなかったことへの謝罪だった。説明は続く。昨日カフェバーで一緒だった友達は最近気が滅入り気味で、なかなか外出できなかったそうだ。その人が、昨日は自分から外に出ると言い出した。だから驚いた、と。謝罪は謝罪として受け入れる。でも、それは私の不機嫌の説明にはならない。多分。いや、少しなるのだろうか。ゆっくりと私の脳みそが動き始める。

説明を聞いて初めに思ったのは、「私は蔑ろにされたわけではなかった。理由があった。」だった。そうか、私は昨日、蔑ろにされたと思ったんだ。大事にされていないと思ったんだ。別の予定で私の予定を上書きしてもいいくらい軽い存在だと思われていたんだ、と落胆していたんだ。だから、当初の予定通りに物事が運ばなかったとか、知らない人がいたとか、一番の目的が果たされなかったとか、全部少しかすっているけれど、本質をついていないと思ったのだ。ある意味、全部正解だった。でも、全部不正解でもあった。約束を守ってほしかったのでもなく、二人で会いたかったのでもなく、大事にされていると思いたかった。

状況を鑑みれば、私の友達の中で私(と私との約束)の優先度が相対的に下がるのは当然だ。最近元気のない友達を気遣い、そしてその人の自発的な行動を応援したいのは当たり前。私の友達の判断に異議はないし、友達の立場だったら私もそうしただろう。なんだ、結局誰も何も悪くないじゃないか。納得しかけた。頭はわかっている。何も誰も悪くなかった。起こるべくして起こったことだった。私は不当に扱われたわけではなかった。それでも、心が納得していない。そして思い出す。この気持ちを私は知ってる。

あれは大学に入学した年のことだったと思う。中学のときの同級生2人に誘われて、中学時代の担任の先生に会いに学校へ行った。進路の報告をしながら違和感を感じる。「先生、私のこと覚えてないな」中学2年と3年のときの担任だった。3年間しかない中学校の2年間担任だった。先生はテニス部の顧問で、一緒に行った同級生2人はテニス部だったし、中学を卒業してからも部活にときどき顔を出していた。2人に比べて私の存在感が薄いのは当然だ。それに、学校の先生なんて毎年たくさんの生徒を迎えて送り出す。担任もするし、教科担当で授業も持つ。いちいち一人ひとり覚えていられない。それが3-4年前に卒業した生徒ならなおさら。全部、全部理解できる。先生は何も悪くない。でも、私はただ悲しかった。あぁ、先生覚えてないんだ、でもそうだよね、私、先生たちの手を煩わせないように一生懸命だったもの。勉強も問題なくできて品行方正、友人関係でも問題を起こさない優等生だった。当時は先生たちに「あの子は放っておいても大丈夫」と思われていることを自慢にさえ思っていた。「わたしななんていい生徒なんだろう」と。でもその結果がこれだ。先生、私のことなんか覚えてないよね、だってあんまり関わりなかったもんね。そうだよね。私より、いっつも問題起こしてた不良たちのことの方が覚えてるよね。先生のこと煩わせてたもん。当時良かれと思ってしていたことの結果がこんな形で返ってくるなんて思ってもいなかった。でも、全部全部理解できる。当然だ。誰も、何も悪くない。ただただ、私は悲しかった。わがままなのはわかっている。でも私は先生に覚えていてほしかった。私のことを覚えていてほしかった。私が名乗る前に、名前を呼んでほしかった。

昨日見つけた気持ちは、このときの気持ちにとても良く似ていた。頭ではわかっている。仕方なかった、だれも悪くなかった。私の友達の判断が最適解だった。でも、私は悲しかった。ただただ悲しかった。また、わたしは後回しだ。だって「あの子は放っておいても大丈夫」だから。

でもおかげで、今日の私は一昨日の自分と一緒に、中学校を訪れたあのころの私もまとめて慰めることができる。悲しかったね。ずっとずっと、悲しかったんだね。でも、悲しくていいんだよ。物分かりのいいふりをしなくていいよ。わがままだっていいよ。「いい子」じゃなくていいよ。




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