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季節はめぐり - 第八話

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 近くのコンビニで、私たちは適当な缶チューハイを五、六本、それとおつまみをいくつか買い足した。時刻は夜の八時過ぎ。静まり返りつつある住宅街を吹き抜ける風は少し冷たい。

「持とうか?」
「いえ、大丈夫ですよ」

 秋本さんはなぜか上機嫌に、足取り軽くスキップしながら、私の一歩前を歩く。秋本さんが手を前後に振るたびに、コンビニ袋ががさごそと揺れた。缶チューハイが噴出さないといいけど。

「先輩、聞いてもいいですか?」

 途中で楽しそうに振り返った秋本さんが言う。

「え、今? もうマンションつくよ」
「私が聞きたいことはー」

 顔が少し赤らんでいる秋本さんは、私の言葉を完全に無視した。わずかな間があってから、彼女が大きめに息を吸う音が聞こえた。

「鈴木さんとは……今も仲良いんですか?」

 私は思わず足を止めた。少し先を歩いていた秋本さんも足を止めて、しまった、という顔でこちらを見た。

 鈴木明奈。三か月前に別れた彼女。

 そうだ。全く意識していなかった。
 秋本さんは、私の恋愛対象が女性であること、そして明奈と付き合っていたことを知っていた。明奈はよく私のライブを見に来ていたし、その時にサークルのみんなにも恋人として紹介していた。だから、秋本さんが知っていてもおかしくはない。

 どうして忘れていたんだろう。

 秋本さんが明奈のことを知っているなら、真っ先に聞きたがるのは明奈のことだろうと予想できたのに。

 今にも「やっぱりいいです」と自分の発言を撤回しそうな秋本さんに、私は正直に答えることにした。

「別れた。三か月前に」

 秋本さんが目を見開く。

「えっ、三か月前!? つまり、ついこの間まで、ずっと続いてたってことですか?」
「そう、五年間、ずっと」

 腹の底からこみ上げる不快感に耐えられず、私は秋本さんが持つビニール袋の中に手を入れて、チューハイの缶を取った。まだ冷たい缶を開けて、三分の一ほどぐいと飲み干す。

 そんな私の様子を見て、秋本さんはぽつりと、ごめんなさい、と呟いた。

「なんで謝るの」
「……うかつに聞いちゃって」
「別にいいけど」

 しばらく会話が途絶える。秋本さんはうつむいたまま、とぼとぼと歩いていた。

「……でも、ショックです。あんなに仲良かったのに」
「いろいろあったのよ」

 その「いろいろ」を説明するのも面倒くさくて、私はすぐに話題を変えることにした。

「真衣はどうなの。恋愛とか。素直で可愛いしモテそうだけど」

 思ったことがぽろりと口をついて出てくる。
 私の脳と口の間には心の関所がある。日ごろ、私が頭に思い浮かんだことの九割は、この関所で食い止められて、口から出てこないようになっている。失礼なこととか、暴言とか、愚痴とか。そういうもろもろが相手に伝わらないように。
 今はアルコールのせいで関所が壊れていて、思ったことがそのまま口から垂れ流されてしまう。この状態になると、もはや私には、自分の意志で自分の発言を止めることができない。

「私は」

 あからさまに言い淀んでいる秋本さんを見て、無意識に口角が上がってしまった。自分の性格の悪さに嫌悪感を覚える。

「今は、そういうのはあんまり」
「へー。今は。じゃあ学生の頃は? 誰かと付き合ってたっけ」
「いえ、先輩が卒業するまでは、誰とも」

 秋本さんのマンションが見えてくる。

「先輩が卒業してから、五人ほどお付き合いしました。でも、全員ダメでした。大学ではなかなか出会いが無くて、マッチングアプリとか……そういうバーとかにも行ったんですけど、長く続かなくて」

 秋本さんの意外な積極性に私は驚きを隠せなかった。私はというと、もともと恋愛に積極的ではなく、明奈だって学祭でたまたま知り合ったあとに、告白されてそのまま付き合っただけ。だから、学生時代にいろんな人と恋愛をするという経験をしなかった。
 もっとも、その分こうして振られたダメージも大きいのだけれども。

「誰にも本気になれないです、私は、ずっと」
「……ふーん」

 その時、私は秋本さんの言葉の真意をよく理解できなかった。
 もう少し踏み込んで聞いてみたい気もしたけど、ちょうどマンションの入り口に着いたので、私は一度その話を終わらせた。


 ▼第九話

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