季節はめぐり - 第十話
「明奈とはずっと続くと思ってた」
涙と鼻水は落ち着いて、だけど気持ちは全く落ち着かないまま、私は秋本さんにもたれかかって言葉を続けた。
「ううん。心の奥底で、終わるってことはわかってた。だって人はいつか死ぬんだから。いつか独りになるから。出会ったからには別れがある。頭ではわかってたつもりだったけど、でも、こんなに早いのか、って。それを信じたくなくて、馬鹿だよね」
秋本さんは何も言わない。
私は大きく息を吸って、秋本さんの香りを肺いっぱいに吸い込んだ。アルコールが回るように思考回路が麻痺して、頭がぼんやりとしてくる。
「何が悲しいのかも、もうわかんなくなってきた。明奈が私の人生の大半を占めていたから、人生自体が終わった感じ。大した友達も居なければ将来の夢も無いし、いつか独りになるその時が今やってきた、みたいな。私は一人なんだなって、思い知らされて」
「そんなこと、ないです」
秋本さんの声に私の言葉が止められた。
私を撫でていた両手が私をぎゅうと抱きしめる。花の香りと、少しだけ、お酒臭くて、熱い。
「せんぱいは、ひとりなんかじゃ、ないです」
頼り気の無い声で秋本さんが言う。その妙に甘い声のせいか、私の頭の中で、かちりとスイッチが入る音がした。私自身から、目の前の人へと矛先を変えるスイッチ。
「じゃあ、秋本さんは平気なの?」
「ふぇっ?」
「そんなに何人の人と付き合って別れて、結局一人になって、辛いとか寂しいとか、思わないわけ?」
いつもは心の中で濾過されている刺々しさを、そのまま秋本さんの胸の中に吐き出す。
「へいき、じゃ、ないです」
私を抱きしめる秋本さんの腕に力が入る。少し痛い。このまま、私を抱き潰してくれればいいのに。
「だって、わたしは」
秋本さんの唇から、ゆっくり、ゆっくりと言葉が紡がれる。正解を探しながら、間違えないように、慎重に言葉を選んでいる。
そして、私は不意に、次の言葉が何なのかを悟った。いや、薄々感づいていた。
私が働いているからという理由だけで同じところで働き始めて、やたら私と話したがって、近づいてきて、恋沙汰を気にして。
ふと、学生時代に明奈と出会った時のことを思い出した。
やたらと話したがって、勝手に手を繋いだり腕を組んだりしてきて、恋人はいないのかと聞いてきて。
勝手に告白してきて、付き合って、勝手に振って。
そうやって他人の欲情に振り回されるのが私の人生なのか。
――明奈とはそんな関係でしかなかったの?
頭のどこかから聞こえた声は、負の感情にかき消されてしまう。
「わたしは」
今は、もう、なんだかどうでもよかった。
自分に向けられる愛情を受け取る力も、誰かに向ける愛情を生み出す力も、自分が自分に向ける愛情そのものも、もうとっくに枯れ果てている。
願わくば、このまま、誰かの腕に抱かれた、このままで、すべてを壊して、粉々にして、最後に私を絞め殺してほしい。
「わたしは、先輩のことが、すき、なんです」
そう言った秋本さんは、じっと俯いたまま黙り込む。耳まで赤くなっているのは、お酒のせいか、あるいは恥ずかしがっているのか。
「ずっと、大学で出会ったときから、すきでした、ずっと」
ぽつり、ぽつりと言葉がこぼれ落ちてくる。
「最初にライブでせんぱいを見た時、かっこいいなって。すてきだなって思って、優しくて、なんでも教えてくれて、ますます好きになっていって、今でも好きだなって、思うんです」
「そうなんだ」
そのどの言葉も、私の心には全く届いていない。リビングで誰も見ていないのに意味も無くついているテレビみたいに、音が耳に入ってくるだけでその内容にまで意識が向かないような、そんな感覚。
「せんぱいのことが、すきで、でも恋人が、鈴木さんがいたから、わたしはあきらめたんです。それから誰にも恋ができなくて、わたしは」
純情だなあ。それは私がとうの昔に失くしてしまったもので、羨ましさすら覚える。私には持っていないものを、持っていない過去を、秋本さんは持っている。
私も好きだな、と感じた。これは別に恋とかそういう綺麗なものじゃなくて、ただこの人になら自分の身体も、心も、命も、すべてを預けてもいいと思える。そういう好き。私の中の一定の基準をクリアしています、みたいな。
「じゃあさ、慰めてよ、私のこと」
私の言葉に、秋本さんが顔を上げる。
「抱いてよ」
秋本さんの目が、信じられないくらいに見開いた。
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