休職して3週間が経った。 エンハーツ投与後の1週間はとんでもなく辛かったけど2週目以降、体調は良好。 ゆっくりする時間が増えて、自分と向き合っていたら また自分のことが好きになれたので心から休んでよかったと思う。 休職期間中に、大学の友人の結婚式に出た。 周りがどんどん結婚するなか、 仕事もプライベートも不調な私は激しい劣等感を抱いてしまうんではなかろうかと思っていたが全くそんなことなかった(笑) 結婚してもしなくても、 みんなそれなりに悩みがあることがわかってホッ
治療がエンハーツに切り替わって2ヶ月が経った。 2月9日に3クール目、当然体調は悪い。 実はエンハーツに切り替えてから、 仕事と治療の両立がうまくいかず、一時休職している。 前の薬(カドサイラ)と同様だから仕事は両立できると聞いていたが 蓋を開けてみるととんでもなくしんどかった。 休職期間に投与を受けてみて改めて辛かったんだな、仕事も続けてて偉かったな、としみじみ。 吐き気、倦怠感は丸1週間治らない。 今日が投与8日目だが、それでも万全時の30%といったところである。
最近は、「どう生きるか」が最重要命題になっている。 もともと、 自分の生い立ちから 「ママになっても子供を1人で育てられるぐらいちゃんと稼ぎたい」 という思いがあり、総合職を選んだ。 その後がんになったわけだが、 ステージ4になって、自分には普通の家庭を持つことが難しいと自覚をし、 絶望した。 人生の前提を家庭を持つことで成り立つように考えていたので、 何をモチベーションにどう頑張れば良いかがまるでわからない。正直。 普通の人生が無理なら、何かやりたいことをしよう と
私は今、鹿児島にいる。転勤で。 転勤は結構いい。 友達がいなくてメンタルが怪しくなった時、 誰にも会えないのは確かに辛い。 けど自分と向き合う時間は圧倒的に増えるし、 好きなことも楽しめる。 休日にふら〜と自分の好きなところに行けてマイペースに楽しめるのも魅力的。 ありがたいことに、福岡か、関西か、東京にいると、 毎週のように予定が入ってしまう。 都会は都会で刺激的なので(福岡が都会なのかはさておき) それはそれで魅力的だし、 あと本当にいろんな人種の人に会えるの
久々に文章を書きたいと思ってnote開いたが 初っ端からやばいと思った。 書きたいテーマが1年前と変わっていない。 私はこの1年間ずっと幸せになりたいと言っているみたいだ。 仕事は結果が出ない。 すぐに特定されそうなので詳しく書けないが、社長相手に人材の提案をしている。 この仕事、 中小企業の経営の根幹を垣間見れるので楽しいが、同時に私のセンスのなさも痛感する。 少なくとも、このスケールでやっている以上 経営を良くできなければ全くもって価値のない人間である。 早く
最近、自分の病気と向き合うことにすごく難しさを感じている。 メンタルも安定しない。文字にして残しておこうと思う。 がんになって丸3年が経った。 最初1年は働かず、治療に専念し 2年目から新卒入社という形で仕事をはじめ、 そんな社会人生活ももう3年目である。 とても早い。 幸い、全体的に見ると仕事はうまくいっているほうだと思う。 がんである自分に最前線のポジションを任せてもらえている。 結果はまだまだだが、周囲にも恵まれ、あれやりたいこうしたいのわがままも認めてもらえる
めっちゃめっちゃ久しぶりに書く。 さっきまで久しぶりに2年前の文章たちを見返してたけど、間違えなくニート闘病期間は自分を成長させてたと思う。なんのために生きてるか本当に分からなかったし、誰かに必要とされてる感覚もないし、むしろ社会のお荷物だと思いながらも、片胸失って、抗がん剤打って、髪の毛も全部失ってご飯も食べれなくて口内炎だらけで吐き気で辛くて、隠れて泣くことしかできなかったあの期間は間違えなく今に活きてる。偉い、乳がん1年目の自分。 そんな私も今はどこかの会社の社会人2
学生時代に貧乏バックパッカーをやっていたからなのか、今でも飛行機に乗る時は特別な感情になってしまう。 1年ぶりぐらいに飛行機に乗った。 飛行機って、たった2時間弱のフライトでもいろんな地球の顔を見せてくれる。 まずは離陸する時。建物がどんどん小さくなっていく感じは、離陸した飛行場によって変わっていく。地形や建物の感じやその密度によって変わるその景色は、毎回私をワクワクさせてしまう。 そして上空の上にいる時、これはいつもそうなんだけど雲の中を潜って、雲を抜けて雲の上を飛
2020年、留学に始まり、がんになり、キラキラ丸の内OLにはなれず。と、思っていた1年とは違うものになった。 たけど、この一年で得たものは大きかった。から、2020年の最後にしっかりまとめておきたいと思う。 1.こころの変化 精神面での成長だの考え方だの、その辺についての変化について。 癌になって、手術だの抗がん剤だの大変だったが、一方で心にはむしろゆとりができたように思う。 心にゆとりができたのは、自分のことを認められるようになったから。大学生の時まで、なーんにも
できないことが多い。と自分ではおもう。 今日も、うまくできてないんだな、と実感することがあった。 できてなくて、今までやっぱり全然大丈夫じゃなかったんだ。って、反省してたら、おなかがいたくなった。 おなかがいたくなりながらも、やばいな、できるようにならなきゃなって、勉強したし練習した。 お布団に入った今、次怒られるかな〜って怖くて、まだお腹は痛いしビクビクしてるけど、ちゃんと改善しようと努力してる自分、えらいじゃんって言い聞かせてる。 きっと、できないことよりも、で
就活を始めた大学3年の夏から、ずっとやりたいなと思ってることがある。内容についてはここでは詳しくは語らないけど、日々のツイートとかから何となく察してる人もいるかもしれない。就活の時は、私にとってお金を稼ぐことや結婚する人生も大事で、当時の私はそのことと自分のやりたいことが交わる点を見つけることができなかった。それと、なにより自分に自信がなくて、その道に進む決断ができなかった。だけどやっぱり今でも、というか病気になって、いつまで生きるか全く分からなくなったからこそ、実現したい
がんを宣告されて、もう5カ月たつ。 早いものだ。バタバタと検査して手術して抗がん剤治療をしていたら、もうこんなにも経ってしまった。 たった5カ月だけど、この非日常な5カ月間で私の中にはいろんな変化があった。 そして最近は、病気になってから考え方や性格的な部分が大きく変わったなあと感じている。 特に、これまでのnoteでたびたび「がんばること」について言及してたけどこのことに対する考え方がさらに変わったように思う。 がんを宣告された当初は、もうがんばってがんばって精神
自粛が解禁され、仲いい人たちがツイッターにいる時間が短くなりとても寂しくなったので、最近は意識的に外の世界に出ようとしている。 それにあたって、『がん患者』であることが私の中で少し障害になっているみたいだ。 先日暇すぎてオンライン英会話を始めたんだけど、 ”what do you do?" と聞かれたとき、答え方に迷った。学生でもなければ仕事もしていないので「ニートだよ、がんなんだよね~闘病中です。」って笑いながらいったら、かわいそうな顔をされてしまった。 明らかに
めちゃめちゃ久々にnoteを書く。 今回はちょっと前に行ったヘアドネーションのはなし。 実際に髪の毛が抜け落ちてしまう立場の私が、ヘアドネーションについて書いてみる。 私は抗がん剤治療が始まる前に、ヘアドネーションをしてみた。 実は、自分が病気になる前は、みんななんでするのか理解できなかったヘアドネーション。 人の髪の毛を使うなんて、なんか祟られそうで怖いし、人工毛でよくないか?何が不便なんだろう?行っている人は偽善なのか?とか思っていた。 だけど今回がんになって
前回のnoteにもちらっとかいたけど、私は周囲に全然嫉妬してしまう。 そして最近は、赤の他人のおっぱいにかなり嫉妬してしまう。これも最近Twitterに垂れ流したな、この間。 どんな時に嫉妬してしまうのか? 例えば、最近みんな薄着になってきた。インスタグラムを開けば緊急事態宣言が出ているのにも関わらず、みんなTシャツ一枚で海に行っている。そんな写真をみて、 「おっぱいうらやましいいいいいいい」 と思ってしまうのだ。 自分で全摘するって決めたのに。盛大にnoteを書
こんにちは。まる(@7semaru2)です。 さてさて、今回は3週間くらい放置していた卵子凍結のくわしい話を書こうと思う。 とってもおくれてごめんなさい。 前回のnoteを読んでいない人のためにちょっとだけ紹介すると、筆者は乳がんの治療で使う抗がん剤のため閉経してしまうリスクや、ホルモン療法の最中は奇形児出産率が高くなるため10年間妊娠できない可能性などがある。なので、今回将来子どもをもてる可能性を少しでも残しておくために卵子凍結をした。 ちなみに、乳がんの治療に使わ