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【エッセイ】ブルメタ・ブルース

小さな街は古くから交通の要衝で、駅を中心にそこそこの賑わいもあった。
駅前から続く商店街には、左右の屋根を繋ぐアーケード代わりの万国旗がはためいていた。

そんな商店街の少しはずれ、国道沿いの三叉路の近くにレンタルビデオ屋があった。名前は思い出せないが、駐車場もない黄色い看板の店。

僕はその年の夏休みに念願の中型免許をとったが、16歳の高校生がすぐにバイクを買えるわけもなく・・・小遣いで買えるのはせいぜい月刊オートバイとモーターサイクリストくらいだ。

とはいえ、ため息をつきながら本を眺めていても何も始まらないことくらいわかっていたから、レストランでアルバイトを始めていた。たしか時給は400円くらいだったと思う。学校が終わってから夜10時まで一所懸命お皿を洗った。

季節は秋を迎える頃、アルバイトの帰り道に一つだけ楽しみができた。
それは黄色いビデオ屋に寄ること。
いかがわしい話ではない。 




そこから遡ること1ヶ月。
その頃、週末は友達と任侠映画を観るのが流行っていて、バイトを終えた後は毎週のようにみんなで集まってビデオを観た。

ビデオは家が一番近い僕が返しにいくことになっていた。2コ上だと言うビデオ屋の店員とはそこでよくバイクの話をした。

今日も黄色いビデオ屋の前には店員のRZ250が止まっている。

「RZって早いん?」「おー速えーよ。でももう慣れたな」「350はもっと早いんやろ?」「そんなに変わらんやろ」

「うしろ、乗ってみるか?」
「うん」

その暴力的な加速は16歳の僕の心を一瞬で鷲掴みにした。

そして彼は僕に、こう持ちかけた。
「買うか?ほんとはもうちょっと欲しいけど、10万でええよ。」
「買う!」

即答したはいいものの、アルバイトを始めて間がない僕に10万円があるはずもない。
「もう少し待って。金が貯まったら持ってくるから」

それからもアルバイトに精を出し、その帰りに黄色いビデオ屋の軒先に止まっている「僕のものになる予定のRZ」を見てから帰る。それが何よりの楽しみになった。





ただ・・・僕は16歳の少年だった。
勉強はこれっぽっちもしないけど、買い物にも行くし友達とも遊ぶ。もちろん彼女にクリスマスプレゼントも買いたい。

だからお金は簡単には貯まらなかった。
・・・悪いな、と言う気持ちと、待たせている後ろめたさで徐々にビデオ屋からは足が遠のいていった。
帰り道に見にいくのもやめていた。

それからしばらくたったころ、久しぶりに前を通ると、RZはヨーロピアンウインカーに変わり、色も塗り替えられていた。
本当は後ろめたい気持ちがあったが、思わず店の中に入った。

「いじったん?」「あー飽きたからね。ブルメタもいいやろ」「うん、えーね」
薄いブルーメタリックに塗られたRZはノーマルの何倍も悪くなった感じだ。

「ごめんね、あのーお金が貯まらなくて・・・」僕はゴモゴモ言い訳をし、今バイトで貯めた金は7万しかないことを素直に話した。かなり無理をして7万。

「まあ8万ならええよ。1万は待ってやる。名変もこっちでやってやるからとりあえず7万持ってこいよ」

そうしてブルメタになったRZは本当に僕のものになった。

・・・ただ、乗り始めてすぐの頃からエンジンの調子が悪くなり、そのうち動かなくなってしまった。
バイトが休みの日、バイクに詳しい友達に見てもらったが、たぶん焼き付きだろうと言った。ガソリンスタンドの兄ちゃんも同じことを言った。


近所のバイク屋にも相談したが、修理するお金もなく、結局引き取ってもらうことになった。
何週間かして、バイク屋の横を通るとブルメタの車体は裏の廃車置き場に並んでいた。僕はそこから目を逸らして通り過ぎた。



あれから、あのビデオ屋に行くこともなかったし、いつの間にか店も無くなった。
残りの1万円は結局払ってはいない。


でも、今ではすっかり寂れたあの街のあの場所に、僕はブルメタのRZを見ることができる。
きっと僕にしか見ることのできない、40年前のほろ苦い風景だ。

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