【エッセイ】夜のハイウェイ
僕は高校2年生になった。
アルバイトは、レストランでの皿洗いから居酒屋に変わった。
駅の近くにある居酒屋は毎日仕事帰りのお客さんで大繁盛だ。
毎日午後5時に出勤し、みんなで賄い飯を食べてから頭にねじり鉢巻をして接客する。
僕はそこで働く女の子たちにチヤホヤされながら毎日楽しく働いている。
アルバイトと言えば、少し前からおしゃれな美容院のポスティングも掛け持ちしている。給料は安いけど、カットモデルもできるし、こちらは少し年上の美容師のお姉さんたちにチヤホヤと可愛がってもらいながら楽しく働いている。
そうして僕は、今までより少し稼ぐようになっていた。
今年行った修学旅行では、竹下通りのBLACKに行った。雑誌で見ていたお店だ。僕はバイト代をはたいてビニールパンツと、ゼブラ柄のTシャツと、ラバーソールと、シドビシャスのネックレスを買った。
そして最近、ベースも始めた。
近所の翔ちゃんの家は、飲み屋の入るビルで、1階と2階が飲み屋、外の螺旋階段を上がって行くと3階が住居だ。
いつからかそこに遊びに行くようになり、翔ちゃん達のバンドに影響された僕たちは、同じ部屋でモッズの曲を練習した。
小学校の音楽の先生が、ヒステリー男で、それ以来、音楽の授業が大嫌い。だからと言う訳ではないがベースはなかなか上達しなかった。
そしてもう一つ、最近バイクを買った。
1つ年上の翔ちゃんは、最近、車を買ったから、カーコンポを付けたGPZには乗らなくなっていた。
僕は時々、バンドの練習の合間に理由をつけてはGPZを借りて乗り回していたから、その流れでそれを買うことになった。
お金は少し足りなかったから、親に拝み倒して、高校をやめない約束で貸してもらった。
でも高校はというと、相変わらずつまらなくて、行ったり行かなかったり。
親にはやめないと約束したが、ま、別にこのままやめてもいいかな、くらいに考えていた。
高校をサボった日は、ここぞとばかりにポスティングのノルマをこなしてから、バイクで出かける。
行き先は駅のロータリーとか高校の通学路とか。
アルバイト、ロックにバイク。
・・・とにかく僕は調子に乗っていたんだと思う。
バイトが休みだったある夜。
その日はバンドメンバーの家に集まってワイワイやっていた。そのうち、酒を飲もうと言う話になり、僕がバイクで買いに行くことになった。
ドラムのかっちゃんを後ろに乗せた僕は、コンポにカセットテープを入れ、その頃発売されたばかりの「夜のハイウェイ」をかけた。
坂を下り、橋を渡る。カーブの続く裏道を飛ばす。
「夜のハイウェイ お前を乗せて 夜のハイウェイ 俺は飛ばすぜ」
やっぱり調子に乗っていた。
きっといつもより速度が出ていたんだろう。
左コーナーを回った、と思った時、目の前にはまだガードレールがあった。
たぶんブレーキをかける暇もなかったと思う。
「ガッシャーン」
実際はそんな音がしたかどうかもわからないが、僕は仰向けに投げ出され、ガードレールの向こうに落ちていた。
背中が痛くて息ができなかった。
何が起きたのかもよく理解できないまま、のたうち回っていたと思う。
そして「はっ」と我に帰った。
後ろ・・・
暗闇に目を凝らすと、かっちゃんは僕より更に遠くに投げ出されていた。
ほんとに死んだかも知れないと思った。
でもそのうち・・・
「痛ってー」と右膝を押さえながら起き上がってきた。
「サンダルが無いんやけど」
かっちゃんのそんな呑気なセリフで2人は大笑いした。
バイクはガードレールに突き刺さり、引っ張ってみたけど抜けなかった。もうそんな力も残っていなかった。
仕方なくそのままにして、裸足で歩いて帰った。
次の日、明るい時間にバイクを引き揚げに行くと、ガードレールの周りには家やコンクリートの塀が建っていて、僕たちが落ちた一画だけが草ぼうぼうの畑だった。
しばらくの間、僕はそこを眺め、初めて本当に怖くなった。
それと同時に、ちゃんとしなきゃと言う気持ちになった。それは何に対してなのか、何故そう思ったのか、その時の僕にはわからなかった。
結局、僕たちは無傷で、サンダルはその日も見つからなかった。
「サンダルが無ーい」
落ち込む僕を見て、かっちゃんはそうおどけて見せたが、僕はあまり笑うことが出来なかった。
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