見出し画像

投資家と議論がかみ合わない時に参考になるかも、エージェンシー問題の研究

前回はこちら:

 理系とは縁遠い、スタートアップの事業に資金の供給に重要な役割をもつプライベートイクイティー ( PE )に関わる人たちのバックグラウンドをご存知であろうか?多くは、金融機関出身や(元)起業家が多いのではと考える。彼(女)らから資金提供を受け、企業を運営する中で、彼らとのコミュニケーションは重要になる。それは、特に当初収益がない研究開発系の理系の企業家にとって、そのコミュニケーションが資金提供の基礎となる信用の醸成につながるからである。
 このポストでは、PEの人たちが学んでいる可能性が高いMBAにおける投資家と経営者の問題について取り扱ったエージェンシー問題について取り上げる。このエージェンシー問題を実際に応用している方もおり、理系の起業家にとっては相手の考え方を知り、同じ考え方のもとに議論できることで、良好な関係につながるかもしれない。少しかための理論的背景にも踏み込むことで、エッセンスを理解し、投資家のさらなる理解の一助になればと考える。加えて、ご自身の経営判断や行動の一助になればさらにうれしい。(相対する投資家がMBA教育を受けたか判断は難しいが、名刺に「MBA」と入っていたら、頭の片隅に本ポストを思い出してもらえればと思う。)

前提:経営者は投資家の思うようにならない前提に立つ、エージェンシー問題

 ファイナンス関連の理論において重要な確認すべき前提は、情報の非対称性が有無である。経営者と投資家の間で対象企業の情報が完全に共有されることは困難である。当然、その企業については経営者がはるかに詳しいだろう。よって、経営者と投資家の間には情報の非対称が存在する。経営学では、このような情報の非対称化で起こるプリンシパル=エージェント関係(PA関係)の諸問題(略してエージェンシー問題)について研究されている。本件では、プリンシパルはPEファンド、エージェントは起業家になる。この研究の背景には、経営者が会社の資金を無駄使いして投資家のために働いていないという問題意識が出発点になっている。それでは、投資家と起業家の打ち手についてみていこう。

投資家の打ち手

 投資家の打ち手としては、情報の非対称の解消を図るか、起業家に効率的な経営をするインセンティブを与えるかの2点が主要な点となる。
 まず、情報の非対称の解消を図る点については、PEファンドの担当者の取締役選任やPEファンドが選択した税理士や会計士を任用させるなどによりモニタリングを強化することが考えられる。これらの問題はそれぞれモニタリングコストがかかる点である。よって、このモニタリングコストと情報の非対称の解消による便益のバランスで判断することになる。このコストを外部につける方法として、銀行借入れをさせ、銀行に経営を監視させるという面白い考え方があるが、理系の起業家の会社におけるアーリーステージでは現実的ではないかもしれない。
 もう一方は、経営の効率化によるインセンティブを付与することが考えられる。例えば、経営が上手くいくことで、さらに高いバリュエーションでの資金提供の約束や経営者の報酬を上げるなどが考えられる。しかし、起業家の場合、自身が投資家でもあるため、目線が一致している部分も通常の大企業よりもあり、規律が取れているという考え方もできる。

起業家の打ち手

 起業家の打ち手としては、情報の非対称の解消については難しいため、シグナリングという形で効率的な経営をすることを示す方法が考えられる。
 なぜ、情報の非対称の解消が難しいかというと、経営者(起業家)がどれだけ情報開示しても、投資家がその情報がすべてであるかがわからず、情報の非対称がないと判断できないからである。そこで出てくるのが、シグナリングである。
 シグナリングは、平たく書くと、あることを証明するために間接的に行う行動とでもいえよう。本件では、起業家が投資家に効率的な経営をするコミットメントが強いことを示すシグナリングの活動を考えてみよう。例えば、資金の負債調達が可能であったとして、その負債に個人保証をあえてつけることが考えられる。これにより、負債により企業が倒産した場合、個人的な財産に影響が出るため、強いコミットメントを示す方法となる。また、自身の資産を売却して自社に投資するなども同様の効果があろう。次に、経営目標を設定して、それが達成できない場合、自身の保有株式を投資家に分配するなども強い効果があろう。最後に、少し方向性が違うものとして、著名な経営者などに取締役として参画してもらい、その人が名声(信用)を毀損しないように経営を監視することで経営が効率化するという方法も有効であろう。

起業家のジレンマ(投資家であり、経営者の立場)

 起業家は投資家と経営者の利益相反が個人として発生する。些末な例として、経営者として報酬を高くすると個人の金銭的な収入は増加するが、企業としての事業資金が減少するなどが考えられる。また、事業意欲が強い起業家が安定的に収益を生む事業を売却して、ハイリスクの事業へ進出するなども同様であろう。起業家はこのジレンマを克服する必要がある。

まとめ

 いかがであったろうか?ご自身の経験と合致する部分があっただろうか?本ポストは、MBAで勉強するエージェンシー問題の基本的なことを知り、投資家との良好な関係作りと自身の経営に活かすことを目的とした。本内容は金融工学と組み合わて、ある前提条件のもとにモニタリングコストはどの程度なら収支が合うかを計算でき、数学が好きな理系にはたまらない分野でもある。他におすすめはと聞かれると、資金調達にまつわる「Pecking Order Theory」も同様に面白く、経営の参考になるかもしれない。
 PEファンドが取締役のポジションを要求することは、起業家にとっては気分が良くない話であったかもしれないが、実は経済(経営)理論と整合的なのである。是非、このような背景を知見として持っていただき、経営の参考にしていただけたのであれば幸甚である。
 ただし、「大人の投資家」にはご注意を。

記事を書くときの素材購入の費用などにさせてもらえればと思います。