昔書いたショートショートです。「どうしてしまいましたの? 地球さん?」

どうしてしまいましたの? 地球さん?

 最近、東京、大阪、名古屋、福岡など多くの人が住む大都市や、動物園、水族館、ペットショップ、牧場、競馬場、猫カフェ、豚小屋限定の局所的小規模地震が異常な回数で発生しているという報告書が気象庁と防災科研から政府に提出されました。
 事が地震だけに打つ手が無かった政府は、内閣府に勤める私の叔父で精神科医であると同時にガイア理論の世界的権威でもある松島博士の提案で、博士の製作した対話機械を通じて地球の心と対話する事になりました。私はおじさんと政府の連絡要員として対話の場に同席する事になりました。
「総理、ガイア理論ってジェームズ・ラブロックが1960年代に提唱した理論ですが科学的な裏付けは全く無いですよ? 良いのですか?」
「まあ、特殊相対性理論と因果律には違反していていないから多分大丈夫でしょう」
 地球と対話するには対話機械を地面と接続する必要があるとおじさんが言いますので、当初首相官邸の一室で行われる予定だった地球との対話は急遽官邸の庭で行われる事になりました。
「あー、もしもし? 地球さん? 聞こえていたら返事をお願いします」
 ザー、ザザーッ、ガリガリガリガリ……。
「何ですぺ? 人間の声が直接私に響くですと? ああっ! あああーっ!」
(おじさん、地球さんの日本語が少しおかしくないですか?)
(完璧な翻訳は無理なのですよ。しかしおおよそは解るでしょう?)
「大丈夫ですか? 私は日本政府にあなたとの交渉、対話を依頼された松島博士です。最近多い局所的小規模地震についてのお話を拝聴したいです」
「ああ、あれですけ。最近生き物が多くなりすぎたせいか、生き物が多い地域の地殻から冷たい水がしみるような痛みが走るような気がして、とともとても辛いのです。それでつい反射的に地面を震わせてしまうのです」
「生き物が多い事の一体何が悪いのですか?」
「全て解ったのですと。私は泥で薄汚れた花瓶なのです」
「花瓶? どういう意味ですか?」
「私は生き物という美しい花を生けるのと、花に水を補給するためだけに必要とされていて誰も私本人を見ようともしません。必要とされているのは私の能力のみ。私自身は誰にも必要とされていません。こんな悲しい気持ちが後五十億年も続くのなら今すぐ爆発して宇宙の塵と化してしまいたいです」
「地球さんそれは誤解ですよ。あなたに住んでいる生き物全てがあなたを必要としていますしあなたを愛しています」
「ウソです! もう私は私に住む生き物を愛せません! 私は私しか愛せません! 私は同星愛者かもしれないのですよ!」
(おじさん、地球さんは大丈夫なのですか?)
(ちょっとしたパニック状態なだけです。私に任せなさい)
「地球さん、あなたの今の状態を一言で表せば、うんこちんちんですな!」
「う、うんこちんちんとはどういう意味です?」
「故きを温ねて新しきを知ると言う意味です!」
(おじさん! それを言うなら温故知新(おんこちしん)だよ! ん? おんこちしんとうんこちんちんは字数も文字もけっこう似ている?)
「地球さんと同じく全ての新しい物は過去の積み重ねの上に存在しています! 過去無しに未来は存在しません。昭和の大昔に加藤茶が作ったギャグを知る事で新しいお笑いに興味を持ち、打ち込める趣味を作りなさいと言う事です! この対話機械とテレビ回線にネット回線を接続しましょう。人類が作り出したお笑いを楽しめばあなたの辛い気持ちも痛みも和らぎます!」
「そ、そうだったのですかー!」

                   ※

 一ヶ月後
「もみじ! まんじゅー!」
「アハハハハ! もみじ! まんじゅー! だって!」
 テレビ回線とネット回線に接続された地球さんはすっかり人間が作り出したお笑いに夢中になり、あれほど多発していた局所的地震はすっかりおさまりました。
「おじさん、結局地球さんはどういう状態だったのですか?」
「人間に例えれば頭が良すぎて何でも自分一人で解決出来てしまうから、他人に相談するという習慣が無い人が、解決不可能問題を一人で悩みすぎた挙げ句に幻の痛みまで生み出してしまったノイローゼの一種ですね。私が行ったのは軽いショック療法に過ぎません」
「ショック療法? 加藤茶の一発ギャグがですか?」
「そうです。地球さんのそもそもの悩みは、誰にも必要とされていない事が辛いという事でした。それを……」
 と言いながらおじさんは、手に持っていたノートとボールペンで私に解説してくれました。

 一 誰にも必要とされていない事が辛いです。
        ↓
 二 こんなにも辛い事は何か痛みを伴わないと絶対におかしいです。
        ↓
 三 生き物が多すぎる地域が何となく痛いかもしれません。
        ↓
 四 思い込みのせいで本当に生き物の多い地殻が痛く感じます。
        ↓
 五 痛みが辛いから地震を起こさないと。
        ↓
 六 生き物はドンドン増えますし、大都市は生物だらけ。
        ↓
 七 生き物が多いところの地殻が痛くて辛いから地震の回数も増やさないと。
        ↓
 八 生き物が多すぎる地殻が痛くて辛いです。もう私は痛みしか与えてくれない私に住む生き物を愛せません。
        ↓
 九 私は私しか愛せません。私は同星愛者かもしれません。
        ↓
 十 辛いです。
        ↓
 十一 一に戻ります。

「……というふうに悩みが生んだ悩みがこんがらがった上に、無限ループ化していましたので、加藤茶の一発ギャグで強制終了させたのです。パソコンで言う所のCtrl+Alt+Delですよ」
「おじさんが地球さんの悩みループを強制停止させてくれなければ、危うく地球が爆発していましたよ」
「現実を見つめて解決策を考える事は確かに大事です。しかし辛い現実を一人で直視しすぎて心が潰れてしまったら元も子もありません。辛い現状を直視する事を少しお休みして、別の楽しい事を趣味にして熱中させればそのうち自然に治ります。自分の事を花瓶と思い込むなんて典型的なノイローゼですよ」
「しかしよくあんな解決策を瞬時に思いつきましたね?」
「三十年前に百十二歳で亡くなった私の曾祖母が生前よく言っていたのですよ。地殻花瓶には趣味テクトですとね」
 

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