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バブじぇるちゃん

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バブじぇるちゃん観察日記
 バブじぇるちゃんがうちに来て、もうすぐ半年。目が大きくて可愛い。そういえば、最近おしゃぶりを外していた。おしゃぶりについて、何か、説明書に書いてあったような気がするけど、捨ててしまった。最近は僕の食べているお菓子が気になるらしい。
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バブじぇるちゃん販売にあたっての諸注意
 バブじぇるちゃんのおしゃぶりは絶対に外さないこと。小瓶からは絶対に出さないようにすること。一週間に二回は日光浴をさせること。観賞用愛玩動物として一般に販売すること。
また、下記の文章は極秘である。バブじぇるちゃんは人間と、人間の食べるものに興味を示す。決して人間の食べ物を与えてはいけない。人間の匂いを覚えさせてはいけない。人間を好きになれば、その人間を――


バブじぇるちゃんは二十年ほど前、おみやげやさんで安価で購入できました。小瓶に入る大きさで、日光が栄養になります。一週間に二回は日光浴が必要で、日陰に二週間置いておくと枯れてしまいます。
 バブじぇるちゃんは人間と人間の食べ物に興味を示しますが、決して与えてはいけません。人間の食べるものの味や匂い、そして人間の匂いを覚えさせてはいけません。


 バブじぇるちゃんの発売開始から一年ほど経ったある日、当時小学四年生の男の子が失踪する事件がありました。現場に残されていた男の子の靴のそばにはお菓子の袋と、バブじぇるちゃんが入っていたはずの小瓶が転がっていました。


 現在、バブじぇるちゃんは販売されていません。バブじぇるちゃんのことは皆、すっかり忘れてしまいました。
 バブじぇるちゃんの生態は謎に包まれていますがとある教授の論文によると、バブじぇるちゃんは大好きな人間を食べた後に残った骨をお水で綺麗にしてから、主に肋骨に住み着くようです。バブじぇるちゃんの行動から、大好きという気持ちを食べるという行為で表現する様子が確認されました。
 バブじぇるちゃんは一旦肋骨に住み着くと、日光も浴びずに何も食べることなく過ごします。そして二週間後、バブじぇるちゃんは肋骨に寄り添うようにして枯れてしまいました。

 やがて失踪事件が多発し、バブじぇるちゃんは自主回収される形になりました。その後バブじぇるちゃんは殺処分されることが決まりました。しかし、バブじぇるちゃんを回収した研究者と職員たちは苦悩することになります。バブじぇるちゃんは人間とそっくりでした。笑ったりもしました。研究者が毒餌を食べさせようとすれば怯えました。研究者と職員たちは、バブじぇるちゃんが人間につくりが似ているので、他のいのちと同じように殺すことができませんでした。どうしても、できなかったのです。


 この出来事が発端となり、食べることでしか愛情を表現できないバブじぇるちゃんが悪いのか、人間と異なるいのちに無責任に愛を与えた人間が悪いのか、責任の所在について激しい議論が巻き起こりました。
 現在、バブじぇるちゃんは殺処分されたと公表されています。しかし殺処分当日、研究者と職員たちの目に飛び込んできたのは、小さな箱の隅で震えるバブじぇるちゃんたちでした。研究者を見て、バブじぇるちゃんは怯えていました。
けれど研究者が毒餌を差し出せば、バブじぇるちゃんは大人しく口を開け、飲み込もうとしたのです。


 それを見て研究者と職員たちは、バブじぇるちゃんを玩具とみなしていたことを後悔しました。バブじぇるちゃんは、いきものでした。バブじぇるちゃんたちの本来の幸せとは、愛を享受する行動とは日光浴であり、それを歪な形に人間が変えてしまったのです。研究者と職員たちは殺処分を取りやめ、その代わりに小さな部屋を作りました。
 そこは、たくさん日の光が降り注ぐ部屋でした。それは研究者と職員たちの後悔のかたちでもありました。


 バブじぇるちゃんはとうの昔に過去のものになってしまいました。ですが今でもバブじぇるちゃんは、私たちの生活の営みの隅っこでひっそりと暮らしています。
研究者と職員たちは毎日、バブじぇるちゃんと日光浴をしています。時折話しかけたり、明日の天気をお知らせしています。さらにバブじぇるちゃんが快適に暮らせるよう、植物を置いたり、お手製のベッドを作ったりもしました。
 バブじぇるちゃんは人間と人間が持っているものに興味を示すので、食べ物ではなく花を渡してみたところ、ある日の朝、枯れてしまったバブじぇるちゃんに仲間のバブじぇるちゃんたちが花を添えました。これは、今まで見られなかった行動でした。


 残念ながらバブじぇるちゃんの発売から二十年経った今、バブじぇるちゃんたちの個体数は減少傾向にあります。今後、元の数に戻ることはないでしょう。そして、バブじぇるちゃんたちも、それを望まないでしょう。


 それでも仲間が枯れるたび、研究者と職員、そしてバブじぇるちゃんたちは、彼らの微睡の旅路に花を贈るのです。

おしまい