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【創作小説】『いとぐるま』第11話

「ねえまゆちゃん、何持ってきたん?」

不意にそう声をかけられて、わたしは「へ?」と間の抜けた返事をしてしまった。

「膝の上になんか乗せとるやろ。何かなと思って。見せてや」

わたしはおそるおそる、膝の上に置いていたムームーと狼もどきの頭をテーブルの上に出した。
2人は、わあっと声を上げた。

「原田さん、これ見てもええかな?」

「わたしも見ていい?」

施設長は狼もどきを、川上さんはムームーを手に取ってまじまじと見つめている。

「これ両方ともまゆちゃんが作ったん?」

「あ…はい。その羊の人形はだいぶ前に羊毛フェルトで作って、そっちの狼の頭みたいなやつは、最近編み物始めたんでかぎ針編みで作りました」

2人は驚いたようで、へぇーっと言うとまた人形を見つめ、手触りも楽しんでいるようだった。

「実は…自分で作ったものをレクとかで使えないかなって思ってて」

「それ、めっちゃええやん。原田さん何か作りたいものあるん?」

施設長はノリノリな様子でわたしに尋ねてきた。

「できれば、自分で編んであみぐるみが作れたらいいなと思ってて。そのあみぐるみを使って人形劇とかができたら面白そうだな、なんて思ったりもしたんですけど、さすがにちょっと難しいかなって…」

「いやいや、できるできる。スタッフみんなおるし、役とか分担して劇やったら絶対盛り上がるって!それに、いままでレクで人形劇なんてやったことないし、利用者さん盛り上がると思うよ!ねえ施設長」

「そうやで。原田さんめちゃくちゃ手先器用やし、これだけ作れたらきっとおもろいもんができるんやないかな。それに、編みもん好きの利用者さんもおるし、編みもんやっとったときのことを思い出したりしていい刺激にもなるかもしれんね。4月にやってくれた一人芝居のショーよりも、もしかしたら盛り上がるかもわからんね」

「えーまゆちゃんレクの天才やん。なんでも出てくるね。そのうちレク担当でもお願いしたいわあ」

施設長と川上さんが予想外に喜んでいるので、ちょっと呆気にとられてしまった。わたしは盛り上がっている雰囲気を壊すのを承知で、口を開いた。

「レク…人形を使った劇みたいなことはやってみたいなとは思うんですけど、でも…今までみたいに週5フルで勤務になると、ちょっと厳しいかなと思ってて…。できないことが積み重なっていくのもつらいし、その状態で製作するのも難しいなと思ってて。また皆さんにご迷惑をかけるのも嫌なので…」

「そのあたりに関しては、なんとでもできると思うよ。ねえ施設長」

「そうそう。川上さんとも話しててんけど、原田さんの無理のない働き方で働いてもらうのが一番やないかなと思ってね。今までは週5で勤務になってて相当しんどい思いをしたやろうし、もう少し勤務日数とか時間を減らして、その分お給料は減っちゃうんやけれども、そんな感じで働いていったらどうかなと思ってんねんけど、どう思う?」

わたしは心底嬉しかった。わたしに無理のない働き方のことまで、お2人は考えてくれている。ありがたかった。わたしは思い切って、自分の思い描いている働き方を話してみることにした。

勤務日数を、週5フルタイムから週2の午前中に変えてほしいこと。
ひとつひとつの業務に関して、詳しいマニュアルがあると作業が捗るかもしれないこと。
午前中の仕事に慣れてきた頃に午後からも仕事をしたくて、最終的には週3フルタイムでの勤務ができたらいいといまは考えていること、など。
諸々の希望を、思っているままに2人に伝えた。どぎまぎしていて、一気にまくしたててしまったけど、2人とも笑顔でわたしの話を聞いてくれた。

「なるほどね〜。マニュアルがあるとやりやすいんか。他のスタッフにもお願いして、とりあえず午前中の作業に関するマニュアルは作ってもらえるようにするわ。心配せんとき」

「あ…ありがとうございます」

「それで、勤務日数と時間はどう思います、施設長」

「たぶん大丈夫やと思う。人手が全然足りてないってことじゃないし、原田さんがゆっくり仕事に慣れていくこともできると思うよ。まずは週2の午前中だけっちゅう話やったね。希望の曜日とかある?」

「えーっと、火曜日と金曜日はどうかなと思ってるんですけど」

勤務日のことや、働く上での懸案事項とその解決策についての話はとんとん拍子で進んでいった。そしていよいよ、来週の火曜日…20日から勤務を再開することが決まり、面談は1時間半ほどで無事に終わっていった。

「原田さん、無理せんとってや。みんなおるから、なんでも言うてね」

施設長は、カラオケで歌っている利用者さんに呼ばれたようで急いでその場をあとにした。

「まゆちゃん、他に心配なことないか?」

「うーんと…いまは特に思いつかないです」

「ほんと?でも、なんか悩んだり困ったりしたことがあったらなんでも言ってよ。なんもなくてもメッセージとか電話とかしていいから。まゆちゃん、ひとりじゃないからね。なんでも抱え込んでしまったらダメやよ」

わたしは川上さんに深々とお辞儀をして、カラオケを楽しむ利用者さんたちを横目によつばを出た。
わたしはこれからどうなってしまうんだろうと不安が渦巻く中で今日の面談を迎えたけど、話してみたらなんてことはなかった…と言うか、2人ともやさしくてものすごくわたしのことを気遣ってくれた。困ったことがあったらなんでも話してね、と川上さんは言ってくれたし、施設長もわたしが働きやすい勤務条件で働けるように取り計らってくれた。

わたしはホッとした気持ちで車に戻り、シートベルトを締めるとふうっと息を吐いた。そしてカバンからムームーを取り出すと、ぎゅっと抱きしめた。

「ムームーありがとね。ムームーのおかげでうまく話せたよ。助かった。ありがとう」

きょとんとしているムームーを助手席に座らせて、わたしは車を出した。




それからのわたしは、仕事にも趣味にもたっぷり力を注いだ。もちろん、無理して潰れないように気を配りながら。

火曜日と金曜日の午前中の勤務では、午前中の勤務について他のスタッフさんたちが協力してマニュアルを作ってくださっていて、マニュアルを見てひとつひとつ確認しながら作業したり、分からないところは尋ねてメモしたりして自分だけのマニュアルに作り変えていった。同じ作業でもスタッフさんによってやり方が違ったりしてどうしたらいいか分からなくなることもあったけど、できるだけ楽に必要な作業が終えられるように自分でなんとか工夫したりした結果、特に朝の始業準備の作業に関しては出勤時間をあまり前倒ししなくてもすべての作業が終えられるようになっていった。

同じく午前中の業務である入浴はまだまだ慣れない。マニュアルはあるけどそれを見ながらとりかかれる訳では無いので、臨機応変が特に必要なこの業務では途端に頭が真っ白になってしまう。
万が一自分の不手際で利用者さんを怪我させたりしたらと思うと気が気ではなく、頭が真っ白になると身体が硬直して動かなくなって業務に支障を来してしまうので、入浴の業務は川上さんや指導役に相談して頻度を減らしてもらえるようお願いしたら、少し気が楽になった。

入浴の業務の負担が減った分ホールの仕事が任されるようになった。相変わらずホール全体の動きに気を配るのはものすごく下手くそだけど、「今日は利用者さん全員の目を見て挨拶するぞ!」とか「今日はあの人とあの人に話しかけるぞ!」と言った感じで少しずつ利用者さんとの距離を縮めていった。そして業務後には、その日話した利用者さんの個人カルテを閲覧して、ご家族の構成や若い頃のお仕事、趣味や好きなことなどの情報を収集して、会話の中に取り入れたりした。話が合ったときの利用者さんはどの人も嬉しそうで、わたしもその人の人となりが分かるにつれてコミュニケーションの取り方や余暇時間に提供するサービスを工夫できるようになっていった。

そうして週に2回の午前中の業務に慣れてきた9月のある日、仕事を終えて帰ろうとするところを川上さんに呼び止められた。

「まゆちゃん、ちょっと相談があるんやけど」

なんだろう。勤務時間とか日数の調整の話だろうか?

「はい、何ですか?」

「前に施設長と私とまゆちゃんで話したとき、あみぐるみで人形劇できたらいいなってまゆちゃん言っとったやろ?それをみんなに伝えたら、人形劇のレクやりたい!ってみんな言ってて、まゆちゃんはどうかなーと思ってさ」

ついに来た、人形劇の話!
わたしはドキドキしながら答えた。

「わたしもできるならやってみたいです。ただ、人形は作れたとしても演じるとなると1人でできることには限りがあるので、そのあたりをどうしたらいいかなあと思うんですけど…」

川上さんはもう何か考えているのか、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

「実は毎年クリスマスの頃に、クリスマス会やってるんだよね。毎年スタッフ総出で出し物をやったりするんだけど、サンタさんの出てくる人形劇なんかがあったら面白そうかなぁと思ってるんだけど、どう思う?今から準備すれば3ヶ月くらいは猶予あるし、ゆっくり作っても間に合うかなと思うんだけど」

「たぶんいまから準備すれば十分間に合うと思います。クリスマス会なら、サンタさんもそうだし、トナカイとか、プレゼントを待っている子どもとか…いろいろ作り甲斐がありそうですね。是非やってみたいです!」

「じゃあ決まりやね。でも、無理だけはせんとってね。人形劇の人形とか、お話は任せることになると思うけど、見せるときはみんな一緒になって準備するから。自分でうまくいかんくてもあんまり心配することないよ。みんなで知恵出したらすぐ解決するし。なんか分からんこととか困ったことあったら何でも言ってね。みんなついとるから」

川上さんの激励をもらって、わたしは家路についた。頭の中はクリスマス会のことでいっぱい。どんな人形を作ろうか、どんなお話にしようか…考えるだけでワクワクして、自然と笑みがこぼれる。家に着くまでの短い時間の間に、たくさんのアイデアがポンポンと湧き出した。

たくさんアイデアが浮かんだからか、帰宅するとムームーがまた新しく糸を紡いだようだった。
散らばったボビンを見てみると、緑や赤のクリスマスカラーの糸が多い。しかも、きらびやかなラメまで入っている。同じ色1色を揃えるのは難しいけど、こうしてグラデーションになっている糸をどんな風に使うか想像しただけでもわくわくした気持ちになった。

ムームーと一緒に時間を過ごす中で、色んな色の毛糸が出来上がっていって、今では色とりどりの毛糸玉が何十玉も部屋に転がっている。ムームーが紡いでくれた細い毛糸で、わたしはいくつかあみぐるみを作って部屋に飾っている。くまにうさぎ、ねずみの3体を作って、いまはねこを作っているところだ。面談のとき頭だけだった狼も無事に完成して、手芸棚に飾ってある。どのあみぐるみもムームーと同じくらいの大きさなので、ムームーに友達が増えたようでちょっと嬉しい。

わたしは手芸棚の前に置いてあった毛糸を入れた袋をテーブルに乗せると、ひとつひとつ取り出して吟味し始めた。糸の色味を見て、どんな人形を作るか決めようとした。この赤っぽい毛糸と、ピンクとオレンジの毛糸はサンタさんの洋服や帽子に使えそう。茶色っぽい毛糸や黄土色っぽい毛糸はトナカイの身体に使えそうだな…と思いながら毛糸を見ているうちに、この半年に色んな経験をしてきたんだなあ、と思い出した。

就職してたった1ヶ月半で体調をひどく崩したりして挫折しかかったけど、たっぷり休養を取って、働き方も調整してもらったら、半年経ったいまのところはなんとか働けている。たくさんの人に支えられて、助けてもらいながらの仕事だけど、以前よりは「助けてほしい」と周りに言えるようになったと思う。そのおかげか、以前のようにプレッシャーに押し潰されながら仕事をするようなことはかなり減って、働きやすくなった。たかが半年、されど半年。人って成長するんだなあ、と思いながら、ぼんやりと毛糸に目を落とす。

テーブルの上にムームーを迎えて、うず高く積み上げられた毛糸玉を見せてみた。ムームーも、自分でこれだけの毛糸を紡いだことを誇らしく思っているに違いない。

「ムームー。今日クリスマス会の人形劇の依頼が入ったよ。いまから頑張って作らなきゃね。どんな人形にしようかな」

今日のムームーの目はいつもより一層やさしく見えた。自分の頑張りを労われているようでホッとした。ムームーが糸紡ぎを頑張ってくれる分、わたしもそれに応えてあみぐるみの製作を頑張ろうと思える。

わたしたちって、ほんとうにいいコンビだ。どちらが欠けても自分の作品は作れない。ふたりでひとつの名コンビ。素敵なユニット。きっとこれからこのふたりで、色んな素晴らしい作品を作っていけることだろう。頑張って作って、それをお披露目して、見た人に喜んでもらう。そうだ、わたしがやりたかったのはこういうこと。仕事もそれなりに頑張りつつ、自分のやりたいつくりものをその合間に作って披露できたら、こんなに楽しいことはない!

わたしはクリスマス会が行われる12月までの3ヶ月、勤務の日は勤務に集中して、空いた日は脚本の執筆や人形のデザイン、製作などに打ち込んだ。ひとりひとりの利用者さんの顔を思い浮かべながら、どうやったら皆さんに喜んでもらえる演目になるか必死に考えた。ストーリーを考え、人形を作り、クリスマス会が近づいてきた11月の終わりごろからは演者になってくださるスタッフさんたちと終業後に何度か稽古をして、皆さんのアイデアを元によりブラッシュアップされて面白い作品が出来上がっていった。わたしが作った人形劇の周りには、笑顔がいっぱい広がるようだった。

そうして稽古を数回重ね、いよいよクリスマス会の本番の日がやって来た。




第12話(最終話)はこちら


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