【創作小説】『いとぐるま』第12話(終)
今日は12月25日、月曜日。クリスマス会の本番の日がやって来た。
わたしは大きな段ボール箱に人形や小道具、脚本などを詰め込んで、家を出発した。
運転しながら、ドキドキと胸が弾んでいる。楽しみ半分、緊張半分といったところだ。でも、今日のわたしにはムームーがついている。わたしは自分の配役をムームーにしたので、緊張してもたぶん大丈夫…なはず。
よつばに着いて、段ボール箱を狭いロッカールームの隅に押しやると、早速朝のルーティンに取り掛かった。
今日の午前中の業務はホールだった。クリスマス会があるということで、ホール内には利用者さんたちが折り紙や花紙などで作ったクリスマス飾りが至るところに飾られている。わたしは今日よつばを利用される方々ひとりひとりに挨拶をすると、自分を鼓舞させる意味で皆さんに今日のクリスマス会の告知をして回った。
「今日の午後はね、クリスマス会なんです。頑張って人形劇を作ってきたので、楽しんでいってくださいね!」
そして午前中のホールの業務はあっという間に終わり、お昼休憩も終えていよいよ午後のレクリエーションの時間になった。スタッフ総出で、ホールの机や椅子の位置を変えて、劇をする場所の準備は整った。
わたしはロッカールームから段ボール箱を持ってきて正面玄関に持っていくと、他の演者役のスタッフさん4人を集めて人形を渡した。
「こういう時は、あれ、やりたいなあ」
サンタ役の施設長がそう言うと、全員の中央に右手を差し出した。そしてその手に全員が手を重ねた。
「じゃあ原田さん、掛け声お願いします〜」
「えー、皆さん、ここまで頑張って準備してきました。素敵な劇になるよう頑張りましょう!」
「「「えい、えい、おー!」」」
そしてわたしは、劇が始まる前の導入をするために、ムームーを伴って、30人近くいらっしゃる利用者さんたちの前に飛び出していった。
赤やピンク、オレンジ色のグラデーションが目にも鮮やかな衣装を身にまとった、関西弁のサンタさん。
茶色や肌色、ベージュ色がまだら模様になった、元気いっぱいに動き回る赤い鼻のトナカイさん。
サンタさんのプレゼントをいまかいまかと待っているのは、濃い青から真っ白までの色のグラデーションが身体の至るところに表れた、ずんぐりむっくりのくまさんと、淡い紫色できらきらと身体が光っているように見える、スタイルのいいうさぎさん、そして、ムームー。
いつも元気いっぱいのスタッフ、加藤さんがトナカイを振り回しながらやって来ると、利用者さんから拍手が起こった。そして、関西弁施設長サンタが遅れて登場すると、サンタとトナカイのトンチンカンな掛け合いに会場は爆笑。脚本にはない完全なアドリブで、スタッフさんたちはみんなサービス精神旺盛だ。
すると、くま、うさぎ、ひつじがサンタとトナカイを見つけてプレゼントをせがむ。ところがあわてんぼうのサンタさん、プレゼントを持ってくるのを忘れてしまった!
どこに置いてきたか思い出すために、観客と一緒に歌ったり、踊ったり…と、観客も巻き込んだ劇、というのが今回の演目のミソだ。
レクリエーションとして成立するように、身体を動かしたり歌ったりする要素を入れたが、演者のスタッフさんたちにはひとつお願いをしていた。
「自分の人形を使って、なるべくたくさんの利用者さんに触れ合うようにしてください」
コロナが落ち着いてきた今だからできるお願いだった。生のパフォーマンスを間近で見られる経験というのは、老若男女問わず胸が踊るものだ。自分の手の届くところに人形がやってきたら、きっと喜んでくれる利用者さんが多いと思って、そうお願いしたのだった。
狙いは見事に的中して、演者が人形を手に利用者さんに近づくと、人形をやさしく撫でてくれたり、時には小突かれたり、あるいは編み物の経験がある利用者さんは人形をじっと見て「こんなごついもんを細編みで編んだんか!」と驚いたりしていた。
見たことのないあみぐるみでの人形劇は利用者さんに概ね好評で、演者のスタッフさんにも観客の利用者さんにも笑顔が絶えなかった。最後は、サンタさんがくまとうさぎとひつじにプレゼントを渡して、「皆さんよいクリスマスを!」と、トナカイと一緒に去っていっておしまい。利用者さんから再び大きな拍手が巻き起こった。
少し時間が余ったので、おやつの時間まで人形とのふれあいタイムになった。わたしはムームーとうさぎの人形を持って利用者さんに声がけした。みんな思い思いに人形をかわいがってくれ、そう言えば昔こんなぬいぐるみを大事に持っとったわ、と愛おしそうに抱きしめる利用者さんもいた。
前後に別れた後ろの席に、以前糸車の話をしてくれた橋本さんが座っていた。人形を眺めながら、ゆったりと笑っている。
「橋本さん。きーたーよー」
「ありぃ、まゆちゃん。あんたえらいもん作ったねえ。人形見せてま」
わたしは持っていたうさぎとムームーを橋本さんに手渡した。
「ありぃ、細かい!こんなもん全部まゆちゃんが作ったがか」
「そうやよ〜。こっちのうさぎはね、前に言った糸車で紡いだ糸で作ったんですよ」
「おお、おお、言うとったねえ。あんた糸車使えるようになったがや!それにしてもようできとるわ。編み方がきれいやって、わかるもの」
「ありがとうね、橋本さん。わたし頑張って作って、喜んでもらえてよかったです。また人形劇作るし、また観てくださいね」
ワイワイと大盛況のうちに、人形劇クリスマス会は終わっていった。
利用者さんの送迎も終わり、送迎スタッフさんがよつばに戻ってくると、どの人もわたしを見て開口一番
「いやあ、今日の劇、楽しかった!」
と言ってくださって、わたしは大成功のうちにレクが終わってホッと脱力した。
「ねえまゆちゃん、またやろうよ、人形劇!わたしらも楽しかったし、何より利用者さんがすんごい喜んでたから、またどこかで企画してやりたいです!ねえ施設長」
「え?うん、もちろんまたやりたいと思うてるよ。レク会議にまた出さなあかんね」
「そうそうまゆちゃん、またレクお願いしようかなと思ってるイベントがあるんやけど」
後ろから川上さんに声をかけられた。
「川上さん!ほんとですか?」
「うん。今日の盛況ぶりを見てたら、人形劇需要ありそうやし、今度来年の節分の時期にまた劇やってもらえんかなと思ったんやけど。今度レク会議に通す予定なんだけど…毎年豆まき盛り上がるからさ、本物の鬼がいたらもっと楽しいかなって」
早速の次回公演の依頼!今度は鬼が出てくる演目。どんな演目にしようかと高鳴る胸を押さえながら、わたしはとびっきりの笑顔で答えた。
「はい。わたし、やります!」
人形や小道具を片付けて、車に載せ終わると、ムームーを手に運転席に座る。
わたしはふうっとため息をついた。無事に、楽しく1日が終わっていった。充実した1日。今日はゆっくり眠れそうだ。
「ムームー。ありがとね。君のおかげで素敵な時間になったよ」
わたしはムームーを助手席に座らせると、車を出した。
ムームーが一瞬こちらを向いてウインクしたことに、わたしは気が付かなかった。
―終―
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