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AI論争と漫画文化の行方について思うこと

数日前に公開されたmidjourney、そしてstable diffusion、さらに日本ソフトのmimicが出て、かなりの議論になっている。

実際にAIがどれほどイラストレーター市場を脅かすかはまだ未知数だし、そもそもイラストレーター市場はよく言われるように常に荒波に襲われている。無料のいらすとやが多くの市場を奪った話などは有名だし。

ただなんというか、非常にここ数日心が暗くなったのは、AI技術の台頭そのものというより、その台頭の尻馬にのったような言説のえげつなさというか、騒乱に乗じて人間を攻撃する人間、というゾンビ映画みたいな情景にうんざりしてしまった所が大きい。

あえて名前はあげないが、「表現の自由」がらみでオタク憎しになってしまった著名アカウントが「ハイアートは文脈があるからAIの台頭に動じない、オタクのやっていることなど簡単にAIで代替できるのだ」とはしゃいでいたのは本当に呆れたというか、一応その人も左翼という建前ではあるのだが、本当に何も考えていないのだろうなと思わざるを得なかった。

「子供の夢ってさあ、泉(野明)なんか見てるとわかるけど、基本的には『運転手さん』になりたいんだよな。そういうのが資本家の夢とだんだん噛み合わなくなっていくんだ」
「資本家の夢ってなあに?」
「給料のいらない従業員」

『機動警察パトレイバー』に出てくる、後藤隊長の有名なセリフだ。まったく世の中たいていのことはパトレイバーに書いてあるのだ。

テクノロジーの発達は文明全体にとっては必然である一方、個人のレベルでは失業や貧困を生む。それは歴史的に見ても明らかで、そういうまさに重要な局面が来た時に「オタクざまあみろ」くらいのことしか言えないのは本当にダメだと思う。AIが大きな影響を与えるのがオタク絵師くらいで済むはずがなく、より大きな波が社会を襲った時に「AIに置き換えられるのは文脈がないからうんぬん」みたいな放言は目も当てられないことになると思う。

AIと倫理ということに関しては、たぶんハリウッドの俳優組合とかでもAI俳優の肖像権についてかなり議論があると思うし、どう線を引いていくのかまだ想像もつかない。多くの人がこれから話し合って決めていくことだと思う。

どう決まるかはまだ全然分からない。ただその法的な線引きは最終的に政治的決定である以上、日本でもアメリカでも世論というものがかなりの影響力を持つわけで、なんというかその辺で無駄に敵を作ってる言説をチラホラ見て気が滅入ったというのが正直なところ。

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絵やイラスト、身の回りのプライベートなこと、それからむやみにネットで拡散したくない作品への苦言なども個々に書きたいと思います。

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