唐沢俊一さんと「皮肉の時代」の死

昔から亡くなる人はたくさんいて、たぶん僕らの憧れていた人たちの世代が亡くなる順番に入ってるってことなんだろうな。まるで70歳になってはいけない決まりがあるみたいに、60代の先輩たちが亡くなっていく。

唐沢俊一さんは唐澤なをきさんのマンガの中に登場する人として最初に知った。たしかにマンガの中でも毒のあるキャラクターだったけど、お2人の関係がこれほど深刻な状態だったとは知らなかった。

なをきマンガの中のキャラクター化された彼とは違い、SNSで知る唐沢俊一氏は、ほとんどあらゆる人に恨まれ、嫌われていた。マンガ化した実の弟であるなをき氏も含めて。なんでそんなことになってしまったのかはわからない。

リンク先の動画を見ると、動画の最後で唐沢俊一氏は国生さゆりに首を絞められている。まるで高校生の女の子が教室でちょっと皮肉屋な男の子にそうするみたいに。唐沢俊一氏も嬉しそうだ。そりゃそうだろう。文化についてちょいとシニカルなウンチクを垂れて、「もー夢を壊さないでよ!」と美少女に首を絞められるなんて、すべてのオタク男子の夢である。

ずっとこのラインで生きていけたらよかったのにな、と動画を見ながら思う。動画の中の唐沢俊一氏は、そりゃまあ美男子とは言わないけど、キャラの立った、テレビ画面になかなか映える顔をしている。声は低くて聞きやすい。コミュニケーションもなめらかで、キョドったところは少しもない。

出版とテレビ、知識人とタレントの中間的な存在として、彼はもっともっとうまく生きていけたはずなのだ。今のひろゆきのポジションをもっと先に占領して。あのシニカルさを適度に抑えられていたら。

盗作騒動があったとか、ネット検索と情報化によって雑学の地位が低下したとか、そんなことは本質的なことではないと思う。SNSで唐沢俊一氏に関わる話に触れるたびに衝撃なのは、彼があまりに多くの人から本気で恨まれ、憎悪されているということだった。実弟である唐澤なをき氏の投稿にも、嘘、暴言、罵倒とあるが、数えきれない人がそうした唐沢俊一氏の破壊的な言動に傷つけられ、心底怒っていた。SNSで見る限り、それは「ちょっと何かあった」レベルのものではなかった。近くにいた人ほど彼に対するすさまじい怒りを抱えたまま絶縁していた。その多重債務のように抱え込んだ「恨み」さえなければ、盗作や契約不履行の不始末は「しょうがねえなあ、ちゃんと謝ってやり直せよ」という空気で迎えられていたのかもしれない。

唐澤なをきさんが兄とまったく性格が違うように、もちろん全員がそうではないけど、唐沢俊一氏と同じ世代のライター、物書きがしばしば、なぜあれほど森羅万象に対する皮肉、攻撃性を持たなくてはならないという強迫観念をかかえていたのか、今となってはよくわからない。でもたぶん、そういう時代が日本の出版には確かにあったのだ。いや出版や文化よりもっと前、もしかしたら大学や高校のアマチュアの時代から。いきなり他人の顔を平手打ちする度胸がなければ誰かも認められないというような「皮肉の能力」を通貨として交換するような文化が。たぶん彼はその皮肉の文化の中で育ち、ある面では貧しい少年がムエタイの王者になるみたいに、皮肉の王様になることができたのだろう。でもその代償として彼は、あらゆる人間にいきなり肘打ちや膝蹴りを打ち込まずにいられないような皮肉ファイターになっていた。そしてある時、どの時点かはわからないけど(個人的には涼宮ハルヒがヒットしたころじゃないかと思う)そうした振る舞いはオタク文化の中ですらまったく流行らないものになっていった。

もしも別の時代、別の文化の中で育っていたら、彼は愛される教養人になっていたのだろうか。あの低い声と大きな鼻で、「少しだけ」あくまで少しだけ皮肉を効かせながら、「後輩たちに慕われるサブカル文化の賢老」という、求められる類型になれたのだろうか。そんな唐沢俊一は唐沢俊一とは言えないのかもしれないけど。彼は著名人の死にいちいち皮肉と生前の暴露を行うことでも嫌われていたのだが、彼とコンビを組んだ村崎百郎氏が壮絶な方法で殺害された時、彼の追悼コメントには珍しく皮肉の色が薄かったと記憶している。

実弟のなをき氏が書くように、発見したのはSNSのフォロワーだったという。ツイッターがわずか数日とまっただけで異常を感じて、死を発見してくれるフォロワーが彼には最後までいたのだ。友も家族も失っても、最後まで読者がいた。それは彼にとって誇りだったかもしれない。

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絵やイラスト、身の回りのプライベートなこと、それからむやみにネットで拡散したくない作品への苦言なども個々に書きたいと思います。

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