『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』伊藤健太郎の完全復活と、映画をめぐる論争について思うこと

伊藤健太郎の日本アカデミー賞優秀助演男優賞の受賞は嬉しい驚きだった。もともと僕は『冬薔薇』『静かなるドン』と伊藤健太郎の演技の良さについて書いてきて、去年の文春シネマのベスト10にも『静かなるドン』を入れた。映画を見ればわかるがあれは明らかにDVD媒体向けに作ったコンテンツを、伊藤健太郎の演技があまりにいいので劇場公開展開した映画だと思う。静かなるドンというのは漫画原作で、そんなに真面目にリアルな話ではない。ヤクザの跡継ぎ息子が昼間はサラリーマンという、昭和末期に連載がスタートしたマンガが原作である。でもそれをこの令和に演じる伊藤健太郎の硬軟の演じ分けは素晴らしかった。軽いおちゃらけシーンは軽妙に、迫力のあるヤクザシーンは凄みを利かせ、アクションのキレも素晴らしかった。映画の構成上高く評価されにくいジャンルではあるが、この演技力はほっておかないだろうと思ったものだ。

日本アカデミー賞は、玄人受けする賞ではない。日テレの映画紅白みたいなものである。でもだからこそ、伊藤健太郎のキャリアにとっては他のどの映画賞よりも重い意味を持つ。早い話がそれは日テレから「もうテレビに出てレッドカーペットを堂々と歩いていいぞ」という許可が出たことを意味するからだ。

復帰後の伊藤健太郎は演技としてはいつも素晴らしいものを見せていたが、メジャーな場からは呼ばれない時期が続いていた。共演者も同世代の人気俳優ではなく、ヤクザ役の先輩俳優たちが多かった。そういう映画でもかれは献身的に現場で働いて評判も良く、『あの花が咲く丘で』で福原遥や水上恒司という同世代のトップスターたちと同じ映画にキャスティングされたわけだ。もちろん、2人のメインキャストから一歩引いたバイプレイヤーではあるが、その演技はいつも通りユーモアもシリアスもよくわきまえた主演を立てるもので、関係者からの評価も高かっただろう。映画もビックリするくらいヒットした。
でも、ここで日本アカデミー賞に呼ばれるというのは驚きだった。演技の上手い下手ではなく、日本アカデミー賞というのは『新聞記者』の受賞を見れば分かる通り、要は業界意志の表明みたいな所があるからである。優秀主演男優賞に水上恒司だけ、助演男優賞は同じ松竹系で他の俳優から候補を、という場合も十分ありえた。
簡単に言えば、伊藤健太郎はもう、干されなくなったわけである。これだけ実力があり、映画のヒットを見れば分かるとおり世間も好意的なのだから、俳優として胸をはってレッドカーペットを歩いていいぞ、という日本テレビのお許しが出たわけだ。これは芸能界的には大きなことである。おそらく今後はさらにメジャーな仕事が増えると思うし、ちょっと間はあいてしまったが、「今日から俺は!」の続編映画だってあるかもしれない。それはあんまり大きな事務所でもない1人の若者の才能が潰されず、正当に評価されるという意味で、映画界的にも正しいことだと思う。

さて、伊藤健太郎の話はここまで。受賞おめでとう。

ここからは、この映画『あの花が咲くおかで、君とまた出会えたら』をめぐる論争と、福原遥のインタビューについての話。

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