映画『THE FIRST SLAM DUNK』のヒットに思うあれこれのこと

映画『THE FIRST SLAM DUNK』が海外でもヒットしているのを痛感するのは、毎日のように韓国語のファンアートが流れてくることだ。女性の書き手が多く、絵柄や作風は日本の同人ファンダムと共通点が多いので、ハングルを自動翻訳するまでもなく(最近のiPhoneは画像を保存すると手書きの文字まで翻訳できるツールがついてる)だいたいどういうマンガなのかは伝わる。どれも数千リツイートされている。それだけバズったから日本のアカウントまで流れてくるとも言えるけど、とにかくすごい熱気だ。
韓国、台湾、共通しているのはテレビアニメ版の『スラムダンク』が放映され、共通記憶として共有されていることだろう。台湾からはスラムダンクの聖地巡礼に訪れる観光客が後を絶たないという。韓国では放送当時の事情で設定が韓国に変えられ、キャラクターには韓国名が与えられているが、それが日本の原作であることはファンダムの誰もが知っている。

今回の劇場版『THE FIRST SLAM DUNK』は山王戦に至るまでの説明がほとんど省略されており、そしてテレビアニメでは製作されずに終わった山王戦を、進歩した3DCGで描く形になっている。

爆発的な人気にも関わらずテレビアニメが山王戦の前で終わり、そして原作の連載も山王戦を最後に終わったのは、井上雄彦氏の作品への完成度を求める姿勢であることは良く知られている。そしてこのスラムダンク以降、井上雄彦という作家はより求道者的なスタイルを強め、『バガボンド』『REAL』と言った完成度の高い作品を何年もかけて描いていくスタイルに変わっていく。それ自体は作家の成長として素晴らしいことであり、今回の映画も井上雄彦氏が徹底的にコミットしたことで3DCGにまで素晴らしい絵画的完成度が生まれている。

しかしそれと同時に、劇場版『THE FIRST SLAM DUNK』を見ながら、その中でテレビアニメ版で描かれた、神奈川の強豪ライバルたちが回想としてもほとんど登場しないことを少し寂しく感じるのも事実だ。

いや、理由は分かる。3DCGのリアリズムで描かれるこの劇場版に、山王戦以前のスラムダンクの絵柄は相性があまり良くない。そもそも原作を一巻から最終巻まで見比べれば一目瞭然だが、スラムダンクという作品は井上雄彦という漫画家が、いわゆる記号的なコミック表現から、リアリズムの絵画技法を獲得していく成長過程がそのまま作品になっているような所がある。とりわけ山王戦のリアリズム描写というのは山王高校選手の描き方にも表れていて、神奈川予選のマンガ的にキャラが立ったライバルとは異質な、バスケ雑誌の強豪校写真から模写したようなリアルな選手としてデザインされている。

今回の劇場版『THE FIRST SLAM DUNK』はそのタイトルからも分かるように、かつて山王戦で連載を終わらせた井上雄彦が、自分の手で山王戦を完璧に映像化することによって、スラムダンクという作品を新たに始めたい、仕切り直したいという思いがあるのだろう。

それは分かる。もちろん正しいことだし、結果として興行的にも大ヒットしている。設立以来一度も100億円ヒットを使ったことのない東映が、昨年はワンピースとスラムダンクで2作も100億を出した。しかも劇場版『THE FIRST SLAM DUNK』はこの後、中国大陸での公開がいよいよ決定している。中国でもスラムダンクは大人気で、韓国台湾同様に火がつけば100億をはるかに超える可能性もある。

しかしその大成功を認めつつ、でもこんなに多くの人に愛されるスラムダンクの本質は、必ずしも山王戦のリアリズムだけにあるわけじゃないよな、という思いがよぎるのも事実だ。
陵南高校の魚住仙道福田、海南大付属の牧や神、そして翔陽高校の藤真や花形という神奈川予選の名キャラクターたちは、今回の3DCGリアリズムのスラムダンクに登場することはなかった。でも世界中で今回のスラムダンクのヒットを支えるファンたちが熱狂したのは、彼ら神奈川のライバルと湘北高校がしのぎを削る、たぶん原作者から見れば完成度を欠いたテレビアニメ版のスラムダンクなのだ。

(実は八村塁選手も、スラムダンクは漫画ではなくテレビアニメで見たと語っていて、ぶっちゃけこれはスラムダンクに限らず、キャプテン翼などもテレビアニメで見た人の方が多いのだ)

ファンダムにおいても、スラムダンクの同人誌ゾーンで彼ら神奈川組キャラクターのファンサークルがそれぞれ果てしなく続くカタログのページを良く覚えている。


原作においても、神奈川予選の作画は、のちの山王戦以降の「完成した井上雄彦」のリアリズムから見ればマンガ的な絵ではある。でもそこには完成されたリアリズムにはない感情的なパワーがある。ある意味ではそれは、技術的には未熟だが恐ろしい跳躍力と伸び代を秘めた桜木花道というキャラクターが象徴する、「若い漫画家が化け、メキメキと上手くなっていく」というたった一度きりのプロセスをリアルタイムで記録したノンフィクションでもある。そしてマンガ文化のパワーとはそうした未熟さ、未完成さにもあるのではないかと思うのだ。

有料マガジン部分では、スラムダンクの名台詞「俺は今なんだよ」に感じる違和感について。


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