第71期王座戦を終えて

第71期王座戦五番勝負が閉幕した。
結果は皆さんご存知の通り、藤井竜王・名人が3勝1敗でシリーズを制して王座を獲得、八大タイトルを全て手中に収めることとなった。

終盤、永瀬王座が自らの落手に気づいてからの姿は直視するにはあまりに辛いものだった。
あれほど感情を表に出す永瀬王座を初めて目にした。優勢でも決して緩まず劣勢でも決して諦めない姿を盤上で表現しながらも、それを自らの振る舞いには表さない人であるのだ。
藤井竜王・名人がそれを見逃さないことを誰よりも知る人が、残された時間では消化して受け入れるにはあまりに大きなものに苦しむ姿は直視できなかった。

「将棋は残酷なゲームだ。」
言葉では理解していたつもりだったが、これほどはっきりとそれを感じ取ったのは本局が初めてのことだった。
必死に積み上げてきたものが最後にたった一つの掛け違えで崩れ去る。棋界一の努力家との呼び声高い永瀬王座が本局に向けてどれだけの準備を重ねてきたかは想像すら及ばない。それでもただ唯一結果だけがついて来なかったのだ。

それから丸一日が経とうとしている。ふとしたときに未だにあの永瀬王座の姿が脳裏をよぎる。そしてつい考えてしまうのだ。「そのときどうしていればよかったのだろう。」と。自分にできることなどあるはずもないのに、だ。

永瀬九段がこれで諦めたり、全てを投げ出したりするような人ではないことはわかっている。きっと次の対局でそれをいつもと変わらず体現することだろう。
再び藤井竜王・名人の前に座り、タイトルをその手に取り戻す日を心待ちにしているのだ。

今日、世の中の主語はほとんどが八冠王となった藤井竜王・名人だ。それでも私に刻まれたこの記憶の主語はいつまでも永瀬拓矢であり続ける。

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