深そうで深い中国語タイピングの世界

はじめに

この記事はタイパーアドカレ2022のいずれの日程の記事でもありません。
というのも、私は2022年12月中旬に「中国語タイピをテーマにアドカレ書きたいな…」と思い立ったものの日程がすべて埋まっていました。
「アドカレ参加しよ~」と早めに決めておいて日程を確保しなかった私がどう考えてもバカです。しかし私はアドカレほどのことがなければ記事を書く機会などないので、ここで書かなければ1年後、2023年のアドカレまでこの記事のアイディアをくすぶらせることが確定します。あまりにもどかしいので負け犬の遠吠えよろしくツイッターでブー垂れたところ、たのんさんが
「記事書いていただけたらアドカレの記事と同様に拡散しますよ」
と慈愛に満ちた言葉をおかけくださったためこの記事を書いています。
柔軟な対応をしてくださったたのんさんには頭が上がりません。本当にありがとうございます。

この記事では中国語のタイピングの主要な特徴をみなさんに紹介します。
漢字という何千種類もの字を扱うという点で、中国語入力は日本語入力同様、他言語と性質が大きく異なります。
中国語タイピングについて一度も触れたことがないような方にも、中国語タイピングと日本語タイピングを比較し、その興味深さを知っていただけたら嬉しいです。

(先に申し上げておきますが、この記事は多言語タイパーの皆様に
「さぁ中国語タイピングをはじめよう、楽しいよ❤️」
と勧めるものではありません。
なぜならば、ご存じの方も多いと思いますが、中国語タイピングは
「中国語を読める、もしくは以下のような配列を暗記している」


ことを前提としているためです。これを勧めるのは気が引けます。ちなみに私は中国語歴は半年前後で、上の配列図もあまり覚えられてないので人にドヤれる立場ではありません。)

1 入力方法がバラバラ

皆さんは日本語の入力方法を思いつく限り挙げろと言われたら何を思い浮かべるでしょうか。
ローマ字、かな入力のほかには、漢字直接入力(漢直)であったり、キーボードを使わないフリック入力、音声入力なども入力方法の一つです。
しかし、タイピングの領域において扱われるのは主にローマ字入力とかな入力のみです。

しかしながら、中国語には主なものだけでも
ピンイン入力、注音入力、二筆、五筆、倉頡輸入法など多くの入力方法があります。
ここでは中華人民共和国で使われる簡体字(台湾などで使われる繁体字とは異なる)の、更によく使われる二つの入力方法、ピンイン五筆に絞って紹介します。

入力方法の割合(kukuwより拝借)拼音(ピンイン)と五笔(五筆)がほとんど

ピンイン入力

中国語の各漢字には、その発音とアクセントを表す「ピンイン」と呼ばれる表記体系があります。
たとえば 后→hòu 藤→téng のようにあらわされます。
ピンイン入力においてはこのピンインを入力し、漢字に変換することで入力します。ピンインは、ローマ字の部分は「ホゥ」「タン」のような発音を表し、母音の上についている記号(声調記号)はアクセントを表します。中国語にはa、e、i、o、u、üと6つの母音があり、それぞれā、á、ǎ、àのように4種類ありますので、声調記号まで含めて入力するのは煩雑です。
そのためこの入力方法では声調記号は無視し、ローマ字の部分のみを入力します。
日本語ではスペースキーを押すと一回目はひらがな→漢字変換候補1位への変換、二回目以降は変換候補2位、3位へと移っていき、エンターキーで確定ですが中国語ではスペースキーを押すと変換候補1位で確定です。変換候補2位以下の選択は矢印キーの上下で行います。


中国語の変換候補 なんか不思議な感じ


ちなみに英語のアルファベットに存在しないüの字は、vの字をピンインで使用しないことから、vキーで入力します。

メリット
ピンインは簡体字の中国語学習において必ずと言っていいほど用いるうえ、他の入力方法と比較して相対的に難易度が低いのも相まって、
この中では最も易しい入力方法です。さらに、後述する「短縮入力」が容易です。

デメリット

各漢字のピンインというのは、いわば漢字の「読み」です。そのためピンイン入力では、知らない漢字が登場したときに入力が不可能であるという
致命的な弱点が存在します。(これは日本語入力も同じで、非ネイティブには死活問題です)
加えて、変換がほかの入力方法と比べてはるかに煩雑であるという、入力速度に直結する欠点も存在します。
中国語はそもそも同音の漢字、つまり同音異義語が非常に多いことで知られています。例えばshíという発音の漢字は、常用字だけで十,什,石,时,识,实,拾,食,蚀などがありますが
ピンイン入力の際は前述のとおり声調で区別しないので、shiと入力した際の変換候補には、上の漢字に加えてshīと発音する尸,失,师,诗,狮,施,湿やshǐと発音する史,使、shìと発音する士,氏,示,世,市,式,似,事,势,侍,饰,试,视,柿,是,适,室,逝,释,誓など(!)がリストアップされます。
(正直shiは同音異義語が特に多い極端な例ですが…)
そのためshiに限らず単漢字変換は避けなければならず、するとしても、例えば世なら、shijieと打って変換候補の一発目に出てくる世界から1文字消す、など日本語入力でおなじみの方法を多用しなければなりません。そしてこれは非ネイティブにはあまりに高難易度です。

五筆

こちらは漢字の構成要素を用いた入力方式です。構成要素と言われてもなんのこっちゃという感じですが、
例えば「花」という漢字は「艹」「亻」「匕」の3部分に分けることができます。
五筆入力においては、漢字の構成要素、約120個をキーボードの英字キーに割り振り、それぞれを漢字一文字につき最大4個入力することで入力します。

なんじゃこりゃ


上の図をご覧ください。序盤に示した配列図ですが、これは五筆の配列です。例えば、先ほどの「花」の字は、「艹」がAキー、「亻」がWキー、「匕」がXキーにあるため、「awx」と入力し、スペースキーで変換します。
(4打鍵未満の字には识别码と呼ばれる1打を加えることになっていますが、別に识别码を打たなくても変換できるので気にしなくてよい)
更に各キーには、使用頻度が高い漢字が「一级简码」として対応しており、各キーを一回押して変換することでその漢字を入力できます。
「田」の字は構成要素の一つとしてLキーに割り振られていますが、Lキーを1度押して変換しても一级简码の「国」が入力されます。どうすればよいのでしょう?
田の字のように各キーに割り振られている構成要素と同じ形の字は、その字が「鍵名」というものに指定されている字である場合、そうでないなら、その字が1画である場合、その他の場合で入力方法が分かれます。あまりにも煩雑になるので詳しい方法は省略します。とにかく「漢字を分解してその構成要素をパズルのように組み立てる方法」であることを分かっていただければ十分です。
ちなみに「田」の字の入力方法の正解は「Lキーを4回打つ」です。

メリット
五筆の最大の強みとして、「変換候補がほぼ存在しない」という点が挙げられます。
読み方は被りがあまりにも多いですが、漢字の構成要素はほとんど被らないため、マスターさえすれば変換に煩わされることなくノンストップで打鍵が可能です。
(後述する短縮入力では変換候補が登場します)
実際熟練者は高速入力が可能で、一般にはこの五筆が中国語入力で最も高速な方法とされるほどです。
さらに、先ほどピンイン入力のデメリットとして挙げた、「知らない漢字」についても、五筆は見たまま構成要素を組み立てればいいので対応可能です。

デメリット
なんといっても上達が難しいです。各キーの構成要素の暗記は面倒なことこの上ありません。
一応構成要素の並びはバラバラというわけではなく、それぞれ最初の一画が「横」「縦」「左はらい」「点」「折れ」でそれぞれ固まっていることがわかります。
また、その最大の強みである入力速度についても、例えば10fastfingersのように決まった単語しか出ないゲームではピンイン入力でも変換に悩まず打てるので、そこまで差が開かないどころかピンインのほうが速い可能性すらあります。

2 短縮入力が可能

中国語の多くのIMEで、「短縮入力」が可能です。
短縮入力というのは、早い話が打鍵数を節約して2文字以上の熟語を入力することです。
例えばピンイン入力なら、「已经」という単語は本来「yijing」というピンインを入力して変換しますが、これは「yj」と打って変換しても入力できます。
中国語の発音は漢字1文字ごとに声母(子音。太字の部分)と韻母(母音+n、ngもしくは何もなし)に分けることができ、この内韻母の部分を省略しても変換が可能なのです。
これは3文字以上の長い単語に特に効果的で、超级市场という単語は本来chaojishichangと入力して変換しますが、cjscと打って一発変換しても入力が可能で、この場合はなんと10打鍵も節約できます。

中国語タイピングゲーは打鍵数ではなく入力文字数を問うのでめっちゃ有効


ただし変換が煩雑になるというデメリットもあります。小笼包(xiaolongbao)という単語を入力したくてxlbと入力しても、
microsoft IMEにおいては行了吧(xingleba)が変換候補1位、限量版(xianliangban)が2位であり、小笼包は3位なので、「打ち手が何故かxlbと入力した場合の変換候補の順位を覚えている」場合以外は結局変換に迷うことになります。

恐れていた事態


こういったことを避けるためには、すべての韻母を省略せずに一部の韻母を省略するという方法があります。たとえば上記の場合は1文字目がxiaoであるのは小笼包だけなので、xiaolbとうつことでスペースキーでの一発変換が可能です。
(2文字目、3文字目についても同じ)

五筆についても、単語のそれぞれの漢字の構成要素を打つことで一発変換が可能です。
2文字の熟語なら1つ目の漢字から2つ、2つ目からも2つ打ちます。
3文字の熟語なら1文字目と2文字目から1つ、3文字目から2つ。
4文字の熟語ならそれぞれの漢字から1つずつです。
5文字以上の場合も最初の3文字から1つずつと最後の文字から1つで一発入力できる場合があります。
例 csil→马可波罗
klat→中国工商银行

3 競えるゲームが少ない(絶望)

我々タイパーとしては、タイピングゲームに「ランキング」「対戦」といった他人と競い合えるモードは欠かせません。
しかし「中国語が打てて」「ランキングもしくは対人対戦がある」ゲームを探すと、私が情弱だからなのか、わずかに3つ(!?)しか見つかりません。
しかもそのうち2つはTyperacer10fastfingersと、多言語タイピングゲームの中国語モードであり、純粋な中国語タイピングゲームは
kukuwという中国のサイトしか見つけられませんでした。
bilibiliやweiboなどで色々調べたのですがこれ以上見つけられなかったので、これらがすべてだと思います。
それぞれについて人気、競技性、必要な中国語力を評価しつつ紹介します。

typeracer



人気  ★☆☆
競技性 ★★★
中国語力★★★

いわずと知れた対戦タイピングサイトです。数人のプレイヤーが1つの長文をそれぞれ打ち、打ち切った順番に順位がつけられます。
少しでもtyperacerをご存じの方なら、「なぜ人気が星一つ?」と思われたでしょう。このサイト、英語はインターネット有数の人気を誇るのですが、
中国語モードは日本語モード同様、過疎りに過疎っています。
加えて対戦の性質上打つたびに違う長文になるので、特に私のような中国語初学者は読めない漢字のオンパレードでろくに打ち切ることすらできません。

10fastfinggers



人気  ★★☆
競技性 ★★★
中国語力★☆☆

タイプウェルの変換・ミス訂正ありバージョンに近いです。ランダムに並べられた単語を1分間入力し続け、入力文字数から算出されたwpmがスコアになります。
wpmは自動でランキングに登録されます(しかし登録してから1日前後で記録が消滅します)。
同サイトの日本語モードほどは過疎っていないものの人口は少ないです。単語数は200ワードモードと1000ワードモードがありますが、いずれにせよ
覚えれば非ネイティブでも打鍵力で戦うことができます。
ちなみにこのサイト、日本語のwpmが高めに出るというのは有名ですが、それは中国語でも同様です。日本語の採点基準がどうかはわかりませんが、中国語は漢字1文字につき5打鍵とワードの終わりごとに2打鍵が総打鍵数に加算され、最終的な総打鍵数÷5の値をwpmとするので、cjsc+スペースキーの5打鍵で超级市场と入力するだけで5×4+2=22打鍵が加算されます。
私はさして高速タイパーではありませんが180wpmが出せました。これを単純に5倍すると900kpmであり、タイプウェルならざっくりZIレベルくらいの速度がでていることになりますがもちろんそんなはずありません。

kukuw(酷酷网)



人気  ★★★
競技性 ★☆☆
中国語力★★☆

中国のサイトです。「酷」という縁起でもない漢字が使われていますが、これは中国語で「クゥ」と読み、英語の「cool」のごろ合わせで使われるので、中国では良い意味も持つ字なのです。
このサイトには中国語(簡体字、繁体字)モードと英語モードがあり、長文を打ってその速さを記録します。
打ち切るまでの時間ではなく中国語の場合はcpm(一分当たりの入力文字数)、英語の場合はkpmが記録となります。
入力時間は1分から50分の間で設定することができ、2分以上の設定で出した記録はランキングに登録できます。
ワードは様々ありますがランキングはワードによって分かれておらず、中国語部門と英語部門のみです。また、長文はユーザーが作ることができ、
運営によって認定された自作ワードを打ってもランキングに登録することができます。
人気はピカイチで、中国語力については長文をあらかじめ勉強しておけばネイティブとほぼ同じ土俵で戦えます。
競技性が星1つの理由についてですが、英語のランキングの記録が英語じゃないためです。
というのも、英語ではなく中国語のピンインで書かれた文章が英語のワードとして認定されてしまっているため、英語の文章を打つより、より速度が出るピンインで好スコアを出しているユーザーばかりで、英語では到底勝負できません。
加えて、中国語は399cpm、英語は799kpmが上限とされており、それを超えることはできません。

まとめ

いかがだったでしょうか。以上のことから、中国語のタイピングとはどのようなものなのか、さらには中国語タイピングゲームごとの特徴についてもある程度理解してもらえたのではないかと思います。この記事は中国語タイピングについて全く知らない人向けに書いたので、ある程度詳しい方にはボリューム不足に感じるかもしれません。また、自分は五筆については初心者なので、誤謬があるかもしれません。
いずれにせよ、「こういうタイピングもあるんだなぁ」と思っていただけたら幸いです。

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