話すことと書くことって微妙に違う

こんばんは。夏目紗綾です。

新しいお仕事をいただけそうでちょっとわくわくしている今日このごろです。とはいえ病気療養中の身なので、自分のキャパシティを超えないようにきちんと管理をしなければな、とも思っています。実は今貰っているお仕事で結構いっぱいいっぱいです。記事は書き慣れていないのでなんだかんだ時間がかかります。あと二ヶ月くらい続ければ違うものが見えるのかな。将来の自分に期待。

noteでもTwitterでも、私は文字で発信をするのが大好きです。

元々作家になりたいわけですし、文章には慣れ親しんでいるのですが、それにしても毎日毎日文章書いていてそれでお金をもらえるなんて、なんだか夢みたいだな、とクライアントとの取引の履歴を見ながら時々感慨にふけっています。

好きなことを仕事にする。一握りの人間しかできないらしいそれを、今この人生の中のほんの一瞬だけに終わってしまったとしても、できているなんてなんて素晴らしい。

反面、私は話すのはだいの苦手です。

文章を書く時にももちろん気は使っているのですが、話しているとどんどん消耗していきますし、びっくりするほど話題を膨らませることができません。初対面の人と黙り込んでしまうことなんかザラ、相手が話し上手じゃなければ私はコミュニケーションを成立させることができません。いつも聞き役に回ってしまいます。相手が気を利かせて話題を振ってくれても、うまく答えられずにボールを落としてしまう。

本当に社会に出るのが不安でした。

今も不安ですが、今はお仕事を貰えているので。クラウドソーシングはもちろん相手の要求に対してこちらが文章で提案をして、という過程を踏みますし、納品物が記事である以上、相手とすりあわせも必要になります。

ですが、声でリアルタイムにやりとりをすることはありません。殆どがメッセージでのやり取り、メールのやり取りです。提案も文章。こんなに私に適した場所があるのかと思うくらい。言葉はするする出てくるのに結局喉でつかえてしまう私にはぴったりでした。

同じ言葉を使ってアウトプットする作業なのに、話すのは苦手で、書くのは得意。なんだか不思議だなあといつも思います。喉以外にも違う場所を働かせているのでしょうか。あるいは、私は喉より指先のほうが雄弁なのかもしれません。

きちんと書いて、推敲することができるからなのではないか、と言われたこともありますが、Twitterなどでは意外と脊髄反射的に会話をすることも珍しくありません。返信は30秒以内に書いてしまうこともあるくらいなので、本当に不思議です。なぜ声だときちんと整理してするりと出すことができないのか。

私とは反対のひとも居るんだろうな、と思いながら、今日も静かに原稿に向かっているのでした。

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