『BLUE/ブルー』ハングリー精神ではないボクシング映画のリアリティ

ボクシング映画はいろいろあれど、リアリティがあって良作の部類に入る映画だろう。最近では菅田将暉とヤン・イクチュンの『あぁ、荒野』(2017年)という映画があった(寺山修司脚本/岸善幸監督)が、親に捨てられたり、復讐心、在日韓国人、吃音で赤面対人恐怖症などのトラウマやハングリーさをバネにしながら、のし上っていくボクシング修行映画だった。しかしこの映画のボクシングには、それほどのハングリーさはない。どちらかというと好きな女の子(木村文乃)に言われたひとことがキッカケだったり、女の子の前で咄嗟についた嘘から始まったり、社会からドロップアウトした男たちの渇望感や切迫した動機はない。そんな現代的なボクシング映画だが、3人のそれぞれの男たちの生き様が見事に描かれていて好感が持てる。

松山ケンイチがカッコイイ。彼の代表作になるだろうというくらい松山ケンイチ演じる瓜田という男が魅力的だ。基本に忠実なボクサーで、誰よりもボクシングが好きで熱量を持っているのに試合で勝てない。パンチを受けて指導する立場で輝く男。誰よりも勝てないことが悔しいのに、そのことを表面に出さず、まわりの人たちのために動く。好きな女である木村文乃は、友人の小川の彼女であり、その男から彼女を奪うようなことはしない。友の小川(東出昌大)は、ボクシングの才能に恵まれ日本チャンピオンにまで昇りつめる実力があるのだが、パンチドランカーとして脳に障害を抱えており、物忘れや言語障害、めまいや痺れなどの症状が出ている。病の進行とボクシングとの葛藤が描かれる。もう一人の柄本時生演じる楢崎は、女の前で見栄からついた嘘からボクシングを始めて、小心者ながら練習してどんどん強くなっていく男。ボクシングを始めても女に相手にされず、結局ボクシングに打ち込むしかない男の哀しさ。憎めない不器用な柄本時生のキャラクターが、共感と笑いを誘う。実直だけど勝てない男、才能あるのに病を抱えた男、気弱だが強さを獲得していく男。三者三様の男たちがそれぞれ等身大で魅力的だ。しかし誰も成功しない。ボクシングを引退した瓜田が、小川や楢崎たちのボクシングを遠くから見つめる後ろ姿がいい。3人とも試合に負けてしまうのだが、安易なハッピーエンドで終わらない。そして、ラストの場外市場の仕事の合間に、松山ケンイチ演じる瓜田がシャドウボクシングするのがまたカッコいい。勝負には勝てなかったけれど、好きなボクシングへの変わらぬ愛が感じられて余韻を残す。

吉田惠輔監督は30年近くボクシングをやっている経験者だそうだ。どうりでボクシング愛が伝わってくるはずだ。

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