韓国映画「はちどり」不安を抱える少女の佇まい

評判が良かった映画だが、なるほど素晴らしい佳作だ。将来の不安を抱え、孤独で揺れる少女の心を丁寧に掬い取り描いている。主演のパク・ジフが素晴らしい。大袈裟な展開がある訳ではない。丁寧にささやかな日常を切り取っている。

オープニングは、アパートの我が家に入れない悪夢のようなイメージから始まる。母に家に入れてもらえず、閉め出される不安。家庭の中に居心地のいい居場所がない。兄の暴力、母と父の不仲、姉は外で遊びまわり、主人公のウニは勉強に身が入らず教室でも居眠り。好きな彼氏ができるが、その彼氏の母親に交際を邪魔されるし、親友だと思っていた友には万引きで捕まったときに裏切られる。後輩の女の子に「好きだ」と告白され、一緒に時間を過ごすが、それもある時から「あの学年の時ことだった」と裏切られる。漢文教室の大学生の先生だけが、ウニの憧れの存在であり、心を寄せて信頼できる大人だ。漢文の授業で、「自分が知ってる人達の中で、本心が分かる人は何人いる?」と質問される。知っている人は多いけれど、本当に心の中まで分かり合える存在って、どれだけいるのだろうか?という問いは、真っすぐにこの映画のテーマとなっている。

首に「しこり」ができて、手術することになるウニだが、その唯一の信頼できて好きだった先生もいなくなってしまう。漢文教室をやめて突然いなくなるのだ。ウニの退院後、真っ白なスケッチブックが贈られてくるのだが、その先生は、大きな橋の事故に巻き込まれて、事故死してしまうのだ。彼女は病院に見舞いに来て、「殴られないで。殴られたらしっかり立ち向かえ」とウニに教えてくれた。そんな大事な人を失い、ウニは真っ白なスケッチブックに新しい物語を描けるのだろうか。

どこにでもある日常の一コマ一コマを、アクションや物語としてではなく、少女の「佇まい」として描いている。母のことを大切に思っていた伯父さんの死、そして先生の死。あるいは「お母さん」とウニが何度も呼び掛けても、振り返らずにその場に佇む母。ウニを取り巻く家族も友人やまわりの人たちは、みんなそれぞれ何かを抱え、ウニには何を考えているのか分からない。分からない他者という不安、そして、それぞれが一人一人だという孤独。そんな日常の揺れる心の佇まいが丁寧に描かれていることに感心する。韓国の新しい女性監督の誕生であり、今後の活躍が楽しみだ。

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