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ノーマル・エンド

    誰の人生にもモテ期なるものが訪れるという。それが本当かどうかは分からないが、少なくとも自分にはそのようなものがあった。当時は中学2年生で、”あちら側の人間”であるのだと錯覚している最中だった。もしかするとそれは錯覚ではなく、真実だったのかもしれない。今更そんなことを考えても仕方ないが、ともあれ時間は巻き戻される。

    当時自分はオタク仲間3人と親しくしていた。もちろん全員男子だ。大抵の時間は一緒にいて、時にはアニメについて語り合い、時にはヴァイスシュヴァルツで遊んだ。改めて思い返せば全てが幼い時間だったが、それは本当に楽しくて、間違いなく今の自分に繋がっている。当時はその集まりを「帰宅部」と呼んでいた。なんてありきたりな名前だろう。しかしそこは束の間、自分にとり大切な居場所だった。

    その輪にどういった経緯だったか、2人の女子が加わった時期がある。彼女達はオタクではなかった。だのにどうしてだろう、と当時の自分は考えることをしなかった。陽の当たるところで生きているという自覚があったから、多少親しい女の子が出来ても不思議ではないと思った。しかし物事には理由がある。この世に偶然なんてなく、あるのは必然だけ。まだ幼かった自分は、目に見えるものだけを信じていた。

    ある日の放課後、上述の5人と一緒に自宅で遊ぶことになった。家に向かう道すがら、片方の女の子と手を繋いで歩いた。どうしてそういうことになったのかは覚えていない。多分、自然な流れだったのだ。それでも女の子と手を繋ぐのは随分久しぶりだったから、少しだけ鼓動が速くなったように感じた。家に着いてからは、確かスマブラやUNOなんかで遊んだのだと思う。それはなんてことない、日常の延長に過ぎない時間だった。しかしそう思っていたのは、どうやら自分だけだったらしい。

    然して、その時は突然やってきた。ひとしきり遊び、ぼちぼち解散しようかという頃になると、突然みんなが急いで家の外に出て行ってしまったのだ。自分とその女の子を残して。自分にはその意味が分からなかったが、反面ようやく予感めいたものを感じた。だから何だよあいつら、などとわざとらしくぼやきながら、ゲームキューブのコントローラーを片付けていた。コードをぐるぐると巻きつけるあの作業だ。すると彼女は居直り、やはり次のようなことを言った。「もう気付いていると思うけど、ろんぐ君のことが好きです。付き合ってくれませんか」。初めて受けた恋の告白に面食らいながら、その時の自分は努めて冷静に答えた。「今そんなことを言われても困る」。実際その状況に混乱はしていたし、即座に答えられる問いでもなかった。彼女はそうだよね、なんて言って笑った。

    彼女は背が低かった。小さな手が温かかった。瞳が大きかった。顔の肌は思春期特有の荒れ方をしていて、髪は2つに絞られていた。そして、元気だった。それは彼女を友人として見る分には好ましくも思えたが、恋人として想定した際には逆の印象を抱かせた。要するに、自分のタイプではなかったのだ。だから「今の関係を壊したくない」なんて嘘をついて、「2人きりになるのが難しいから」なんて理由をつけて、メールで交際を断った。彼女はきっと勇気を振り絞って想いを告げてくれたのだろう。しかし幼かった自分はそんなことも想像出来ず、直接話をする勇気すら持ち合わせていなかった。そんな器の小さい男に、あまつさえ彼女は「せめて親友になってくれませんか」などとメールを返してくれた。もちろんそれについては了承したが、結局進級する頃には一緒に話すこともなくなってしまった。自分は、とんだ大嘘憑きだった。

    中学生の内には他の女の子からも一度恋の告白めいたものをされた。所謂天然という意味で宇宙人のような女の子で、本当に自分のことが好きだったのかは分からない。また自分からも一度だけ恋の告白をし、交際を断られたことがある。その際も勇気が出ずメールをしただけというのだから呆れてしまう。しかしそれも今となっては、本当にその人のことが好きだったのか分からない。大して話したこともないくせに、顔立ちが好みだと感じただけで、なんとなく全てが好ましく思えた。それこそ錯覚だったのかもしれない。その後徐々に自分のいるべき場所を悟り始め、現在に至る。自分は結局、本当に人を好きになったことがないのだろう。

    あの時、彼女は自分のどこに惹かれてくれたのだろうか。今やそれを知る術はない。仮にそういった機会があったとしても、彼女自身そんな昔の話などとっくに忘れているだろう。しかしもしかすると、思い出の片隅に閉じ込めてくれているかもしれない。今の自分なら、その想いにどう応えられようか。難しい顔をして考え込んでも、分からないことなどなくならないだろう。ただどこかで、誰かがずっと願っている。次こそはどうか正解されたい、と。

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