坂のある町に住む

結婚して家を建てた。今後長い年月を過ごすであろう場所に選んだのは、昭和末期から平成初期にかけて開発された、小高い山を宅地造成した住宅街。ひと区画を100〜200坪ほどで割った余裕ある雰囲気で、どの家も建物のみならず外構にも気を遣っていて、造成から三十余年経った今でも美観を保っている。景観の良さはこの場所を選んだ大きな決め手だ。

日本の住宅地は高度経済成長期からバブル期にかけて造成されたものが多い。住宅需要の増加から投機目的の土地ブームまで、昭和後期の激動に紛れて乱雑な開発が行われたケースも少なくない。現在の住宅需要に合わない狭い区画、小さな駐車スペース、過剰な擁壁、また造成からの年月の経過による住民の高齢化問題など、この時代の住宅地が抱える問題は多い。

その点、北陸の、とりわけ我が家が建つ住宅地においては様々な幸運が作用した。まず開発が遅かったという点。都市近郊では宅地開発が本格化した頃は法整備がまだ追いついておらず、ひどい場合はその後再建築不可になるような違法造成が行われた例も多い。しかし北陸においては地価狂乱の波もその伝播が遅く、宅地開発が本格化する頃にはある程度現代的な要件を満たす形の常識的な造成がなされるようになっていた。我が家が建つ住宅地も、各区画の広さも前述の通り余裕があるし、前面道路も歩道を含め幅員12メートル程と余裕があり、将来的にも十分需要に応えうる設計であると思う。

それから、田舎は元々人口が少なく、いわゆるベッドタウンとしての需要がさほど期待できなかったこともあり、供給に対して需要が過度であったり、あるいは逆に実需以上の期待から過剰な供給がなされたりせず、身の丈に合った開発がされたことも幸運だった。前者は住民の高齢化、後者は地域のインフラ維持の問題などを引き起こすが、幸いなことに今もほどほどに土地取引の流動が続いていて住民の出入りがあり、今でも新築現場がちらほらあったりして、町の血流悪化を回避できている。

また、市が企業誘致に積極的であり、特に今後も発展性のある半導体関係の現役拠点が多いこともプラスに作用している。法人税収の安定もあることながら、県外からの人口流入と雇用安定がある程度確保できており、町が枯れずに済んでいる。何を隠そう我が家も夫婦揃って市内の半導体関連企業に勤めており、まさにそのクチというわけだ。

さて、背景の説明にかかる前置きが長くなったが、表題のことである。小高い山を造成したということで、町区内は地形に起伏があり、どの区画も多かれ少なかれ傾斜のある道路に接し、敷地内には勾配や法面を持つ。そのような変化こそが景観に変化を与え、また各家々の表情に華やかさを添えている。散歩に出掛けるといつの間にか坂を登っていて、ふと展望台のような景色のひらけた場所に出る。目線には空と、立体になった住宅地。そこから下へと降りる階段が続く。

都市近郊の住宅地に住む人にとっては、なんということはないよくある造成宅地の景色かもしれない。しかしながら北陸においてはこのような住宅地は非常に珍しい。北陸は田舎である。元々人の数に対して平地がいくらでも余っている。そもそも、わざわざ小高い山を切り拓いて宅地にした場所が少ないのだ。笑われるかもしれないが、上に書いたような起伏のある地形が生み出す住宅地の景色は、田舎に生まれ育った私にとっては都会の景色という価値観すらある。

思えば、坂のある町に住むということは、子供の頃からの憧れでもあった。思い当たるところそれはアニメの世界に行き着く。私は年の割に渋いアニメをよく見る子供だったのだが、坂のある町といえばまず『めぞん一刻』の舞台である時計坂を思い出す。重要な場面ではいつも一刻館へ続く坂道と、ハイライトとして坂の上からの時計坂の景色が映し出されていた。

また、住宅地の中の階段とそこから見える景色といえば、近年であれば『君の名は』かもしれないが、私としては『きまぐれオレンジ⭐︎ロード』が思い出される。主人公春日恭介とヒロイン鮎川まどかの出会いの場面、赤い帽子が飛ぶシーンでも階段が続く風景は印象的である。わかる人にしかわからない、古い話である。

過去様々なアニメやドラマ、映画や小説といった創作において、地形の起伏によりもたらされる坂のある町の立体的で奥行き感のある景色は、主人公たちの心理変化や物語の展開を映し出すメタファーとして、単なる背景画像にとどまらず重要な役割を担ってきた。住む町の景色に、主人公の生き様が表現されているのだ。

私は私の人生以外の何の物語の主人公でもない。この坂のある町の景色とともに、平穏ながらも変化に富んだ、豊かで面白い物語の主人公でありたい。

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