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【日記体小説】夢中散歩:9月30日

爽やかな、朝の目覚めを誘うような音楽が聞こえた。でも窓の外は、月明かりも星の光もない、闇。
さて、今日はどこにいるのだろう。目が覚めた場所は、ベッド。どう考えても、普段わたしが使っている寝具とは似ても似つかないような、大きなベッドだ。
そして部屋をぐるりと見渡すと、どこかのお屋敷と感じられるような、アンティーク家具や調度品たちが揃っていた。

ベッドから出て、わたしは音の出処を探すことにした。わたしが歩を進めれば進めるほど、音は近づいてくる。進路はあっているらしい。

そして、大きな扉が半分だけ開いている部屋を見つけた。ここだ、と確信した。

中へ入ると、そこはホールのようだった。ステージはあるけど、客席はない。
ステージには、グランドピアノ。それを奏でる男性。スポットライトに照らされた金色の髪が、輝いている。ホールの出入口からステージまで、数十メートル。その距離でもすぐに、誰なのかわかった。夢の中とはいえ、まさか2日連続で会えるなんて。

彼が奏でる美しい音色にノイズが交じることのないように、わたしは足音を立てずにゆっくりとステージへと向かう。浮足立つ気持ちを、必死におさえながら。

…最初は、どこか断片的でなんの曲かわからなかったけれど、このホールに辿り着いてからは、音楽をハッキリと認識できた。そして、ステージへ向かう途中で気付く。この曲は、エルガーの『愛の挨拶』だ。わたしの一番好きなクラッシック曲。

ステージへ着くと、ちょうど曲が終わった。

「キミのために作ったよ。」

屈託のない笑顔で言う彼。ご冗談を。それは、『ヒトの曲だから、あなたが作ったわけじゃないでしょ』という意味ではなくて。彼がわたしに曲を作るだなんて、そんな夢みたいな話。いや、これは夢か。

「ありがとう。嬉しい。」

だからわたしも、そう返した。これはわたしの夢だから、彼がそう言うなら、そうなんだろう。さらに彼は言う。

「この曲に詩があったら、」

あったら、何なのか。そこに続く言葉を、探しているようだった。なんとなく言わんとしていることはわかったし、彼の答えが見つかる前に、「わたしが書くよ。」と、遮った。彼が探していた答えの、そのまたもうひとつ先に求めていた答えに辿り着いたようで、彼は満足そうに微笑む。「それは楽しみだ。」だったか、それとも「期待しているよ。」だったか、そんなようなことを言われたはず。

「ねえ、もう一度弾いて。」

返事はなく、頷くこともなかったけど、彼の指先がまた心地の良いメロディを奏でる。それを聴いている最中さなか、わたしは本物の朝を迎えた。

ベッドから飛び出して、机に向かい、適当なノートを開く。そして、ペンを手にした。思うよりも先に、白紙のページに言葉たちを綴るペン先。

わたしは、アリスになれるだろうか。








夢中散歩 完



あとがき

『夢中散歩』は元々、とくに終わりなどは決めずに、本当の日記のようにできるだけ毎日書き続けていくつもりでした。
が、書いている途中でふと、自分でも知らず知らずのうちに「夢の中では通常感じられないモノ」を、作中に散りばめていることに気が付きました。
(たとえば、初日は温度、次の日は味、といったモノのことです。ここで全部解説しようかとも思いましたが、なんだか野暮な気もするので、割愛。)
そのため途中で、「他に夢の中で感じられないモノってなんだろう?」と考えて書き出してみたら、既に書き終わっている題材とあわせて7つだったので、7日間…つまり1週間で終わらせるのが美しいな、と思い、そうしました。

そういうわけで、『夢中散歩』は7日目の今日で完結です。期間も短ければ、話自体も極めて短文だったものの、書いていてとても楽しかったです。
ただ、「夢」というテーマ、そして「日記体小説」という形態では、まだまだ書きたいことがたくさんあるので、また別の作品を書こうと思っています。

ここまで読んでくださった皆様、そして「スキ」をしてくださった皆様、ありがとうございました。気が向いたら、ぜひとも他の作品も読んでやってください。


空き缶

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