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【日記体小説】夢中散歩:9月27日


透き通るような…とは、お世辞にも言えないような、少しばかり濁った水の中。直感的に、ここが海の中だと気付くには、そう時間はかからなかった。
そして、自分が今夢を見ているのだと気付くのも早かった。なぜなら、息苦しさがまるでない。どんなに違和感があろうとも、夢の中で夢だと気付けるのは、ほんの稀だから不思議だ。

でも別に、夢と気付いたところで、海でやりたいことなんてとくに思い浮かばない。適当に泳いだら、眠りから覚めるだろうか。と、ぼんやり考えていたら、ふと、左手に何か握っていることに気付いた。

わたしが握っていたのは、ブレスレット。ブルーを基調とした、ビーズで作られたものだ。懐かしい。これは私が幼い頃に、ガチャガチャで出したやつだ。
母といっしょにスーパーに行ったら、会計後に200円くれて、一度ガチャガチャが回せる。わたしは昔から青が好きだったから、一発で引き当てたときは、嬉しかった。
その日から、ずっと左手首に着けていた。たった200円のブレスレットでも、当時のわたしにとっては、宝物だった。それなのに、ある日母と、それから母の友人たちと海へ遊びに行ったとき、誤って落としてしまったのだ。

今のわたしの姿は、現実と変わらない大人の姿。それならばきっと、幼いわたしが浜辺で待っているはずだ。
わたしは水面に出した。すると、そう遠くない場所に、自分を見つけた。すぐに海からあがって、幼い自分のもとへ駆け寄る。目を腫らして、声をあげて泣いていた。

「あったよ。」

ブレスレットを目の前に差し出すと、途端に泣き止んだ。笑ってくれると思ったのに、なぜかキョトン顔だ。見つかったことに対する嬉しさよりも、驚きのほうが上回ったのだと、その表情からうかがえる。どうしてだろう?

その答えは、すぐにわかった。あのとき、ブレスレットは見つからなかったからだ。

母と母の友人たちは、必死にわたしのブレスレットを探してくれた。泣いているわたしのもとへ交代交代にやってきて、様子を見ては、また海へ捜索に戻って行く。どのくらいの時間だったかは、わからない。けれどみんな、必死になって探してくれたことは、はっきりと覚えている。

それでも、大切なブレスレットを失ってしまった悲しい気持ちを、すぐにどうこうできるような年齢ではなかった。
困った母は、そのとき自分が着けていたシルバーのブレスレットを、わたしの左手首に着けてくれた。「とりあえずお母さんの貸してあげるから。またガチャガチャ、回しに行こう。」そんな言葉を添えて。そこまでされて、やっとわたしは泣き止んだ。
大人用のブレスレットは、当たり前にその当時のわたしの手首には、大きかった。だからすり抜けてしまわないように、帰宅するまでずっと、右手で左手首を掴んでいたことまで、覚えている。

そんな懐かしい記憶に想いを馳せていたら、「ありがとう。」と、目の前の幼いわたしは呟いた。

「どういたしまして。大事なものは、もう手放しちゃダメだよ。」

それは、ブレスレットのことだけじゃないのだろう。今の自分への戒めだと、そう思った。

目が覚めた瞬間、右の耳たぶを触った。そこに、ピアスはちゃんと着いていた。今のわたしの大事なものは、これだ。

…多分。








※これは、”私”が見た夢の記録…という形式の創作小説です。また、夢十夜のオマージュ的な物。

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