見出し画像

【日記体小説】夢中散歩:9月29日

昨日の夢は、ベッドの中。それも自宅の、現実のわたしが普段眠っているベッドだ。自分のベッドの中にいて、主観で周りの様子を捉えている夢もよく見るのだけど、これまた厄介だ。現実との区別が、いかんせんつきにくい。

ただ、昨晩は気が付くのが早かった。今のわたしに、添い寝をする殿方の存在なんてありはしない。夢の中のわたしは、後ろから誰かに抱き締められていた。こういうとき、せめて俯瞰ならばと思ったりもするけれど、だけど背中に感じる温もりが、どうにも心地よくて。
得体の知れない相手だというのに。そこも、夢の厄介なところ。この背に感じる温もりの正体が、見知った相手であるとは限らないのだから。
どこかですれ違っただけの誰か。将来、どこかで出会うかも知れない誰か。一方的にわたしのことを知っている誰かかも知れない。…それは怖いな。でも、人間であるだけマシなのかも。ヒトの形をした化け物の可能性だって、夢の中ならあるわけですから。
存在しない誰かという候補もある。その場合も、ヒトではない何かにカウントするのが正解なのだろうか。

わたしを抱き締めている何かは、微動だにしない。呼吸音は聞こえるけども、寝息とは違うように聞こえる。何か、話しかけてくれたら良いのに。少しはヒントがありそうだ。でも、相手が誰なのか知るのは怖かった。存在しない者や、化け物のほうが良いとさえ、思ってしまうほどに。

だってもしこれが、今朝未練を断ち切ったばかりの彼だったら、わたしはどうしたら良い?

それほどまでに、わたしの決意は脆いモノだっただろうか。もうあんな暗い過去には、戻りたくない。

そんな心の揺らぎを感じとってか、それともたまたまか。わたしを抱き締める腕の力が、少し強くなった。

「ーーーーー。」

名前を呼んでみた。「なぁに?」 間の抜けた声。わたしがどれだけの勇気を振り絞ってその名を呼んだかなんて、露ほども知らないみたいな声。逆にそれが、わたしを安心させた。
不意に、彼の髪がわたしの首筋を掠める。その髪が綺麗な金色だってことが、今なら振り返らなくてもわかる。

彼は、今のわたしの最愛の人に他ならない。

ただの願望のあらわれに過ぎないことくらい、理解していた。だって、これはわたしの夢ですもの。それでも、後ろの温もりの持ち主が”彼”であったことに、どれほど安堵したか。

現実の彼は、わたしなんかの手は届かない存在。事実、その指先にほんの少し触れるのが、物理的な限度だった。それだって、あまりにも一方的で、どこまでも狡猾で。
指先に触れたくらいでは、温もりのひとつも感じとれやしないのに。「触れた」と実感するのが、精一杯なのに。それなのに、どうして。どうしてこんなにも、背中に感じる感触が、彼だとわかるのだろう。

「どうしたの?」

名前を呼ぶだけ呼んで、満足したものだから。そんな問いかけが、また降ってきた。ずっと、この温度に触れていたい。

「これは、夢なんでしょ?」

夢じゃないよ、と、返ってくると思った。なのに、彼は言う。

「うん、そうだね。だから、もう少しこのままで。」

彼がくれるなら、優しい嘘でも良かったのに。どうしてこんなにも、残酷でいて、そのクセ温かい響きを、残すのだろう。わたしは、彼を見くびっていたらしい。見え透いた嘘をつくのが、彼の持ち合わせている不器用な優しさだと、勝手に決めつけていたのだ。

わたしは、夢の中でゆっくりと目を閉じた。彼の温もりを感じたまま、深い眠りに落ちていく。そこから先は、夢を見なかった。

そして、深い眠りから覚めたとき。肌寒さを覚え始めた朝にしては、この背中はあまりにも温かく感じられた。








※これは、”私”が見た夢の記録…という形式の創作小説です。また、夢十夜のオマージュ的な物。
※昨日までの夢中散歩に「スキ」してくれた皆様、ありがとうございました。大変励みになります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?