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【日記体小説】夢中散歩:9月24日


昨夜は、ひどく寒かった。たしかに、台風が去った影響なんかで急に気温が下がったとは言え、あたり一面銀世界というのは、いかがなものか。
気付くと、壁も天井も床も真っ白な、四角い部屋にわたしは立っていた。その白が雪だと気付くのに、そう時間はかからなかった。

わたしが今着ているのは、グレーの長袖のスウェットに、高校の頃の体操服の臙脂色の短パン。部屋着だからと、ファッションセンスなんてあったもんじゃない。何より、この雪でできた部屋に短パンとは、どう考えてもおかしい。部屋にはわたし一人しかいないけれど、自分の格好が死ぬほど恥ずかしかった。

ただただ寒いだけで、雪以外に何もない部屋。わたしはしゃがみ込み、床の雪を一掴み。全身に寒さを感じているのに、雪を掴んだ手のひらには、一切の冷たさを感じなかった。
冷たさは感じなくとも、手にとれるのであれば、何か作ってみようか。ここは、ひどく退屈だから。

最初は、楕円形のかたまりを作った。雪うさぎを作りたかった。でも、ここには雪以外に何もなかったことを思い出して、惨めな気持ちになった。仕方なく、小さな楕円形を2つ作って、耳にした。小指の先で雪にくぼみをつくって、目もできた。決して可愛くはないのに、どこか愛しかった。

次にわたしは、かまくらを作ろうとした。この寒さを、少しでもしのぎたかった。かまくらなんて作ったことはないけれど、見たことはある。その記憶を頼りに、わたしはかまくらを作った。不思議と、かまくらの作り方が手にとるようにわかった。相変わらず、その手に雪の冷たさを感じることはなかった。
ふと、果たしてかまくらを作るだけの雪があるのかと、疑問に思った。床や壁の雪をこのまま使い続けば、いつか土やアスファルトなんかが、顔を出すのだろうか。外に、出られるのだろうか。そんな思考に意識が飛んでいた間に、かまくらを作るために雪を搔き集めてぐちゃぐちゃになってしまっていたはずの床が、綺麗にならされた状態に戻っていた。

ハッとして、顔をあげる。すべて、この部屋に来たときの状態に戻ってしまっているのではないかと、妙な焦りを覚えたのだ。
作りかけのかまくらは、そこにあった。でも、雪うさぎは消えていた。

わたしは泣きながら、かまくらを作り続けた。あんな何でもない雪うさぎが、恋しくてたまらなかった。わたしが目を離した隙に、どこかへ消えてしまった。どうして目を離してしまったのだろう。そんなことを考えている間に、かまくらは完成した。わたし一人が入るにしては、あまりにも大きなかまくらだ。立派なかまくらを作り上げたというのに、達成感はなかった。

しばらく、かまくらの前でボーっと突っ立っていた。が、わたしは別に芸術作品を作りたかったわけではない。寒さをしのぎたかったのだ。それを思い出し、かまくらの中に入った。

「こんなところにいたんだ。」

思わず、声に出して言った。広く大きなかまくらの真ん中に、あの雪うさぎがいたのだ。
わたしは雪うさぎを、ぎゅっと抱き締めた。そんなことをしたら、今度は自らの手で消してしまうかも知れないのに。だけど、雪うさぎは壊れなかった。

「キミ、あったかいね。」

壊れなかったけど、雪うさぎはわたしの腕の中で、真っ白でふわふわとした、本物の生きたうさぎに姿を変えた。
途端、今度はかまくらが音もなく消え失せた。しかしあたりは、銀世界ではなかった。

頭上には、まばゆい星たち。そしてあたりを取り囲むのは、赤のようなピンクのような色と、エメラルドグリーンのグラデーション。光のカーテン。そう、オーロラだ。
うさぎを撫でながら、わたしはその景色に見とれていた。いつしか、寒さを忘れていた。

寒さを忘れたことを自覚した折、わたしは目を覚ました。耳元で流れる、聞き馴染みのない音楽。スマートフォンの画面を見ると、動画サイトで「オーロラ ヒーリング」というBGMのページを開いていた。
ここのところ少し寝つきが悪く、眠たくなる音楽なるものを聞きながら、眠りについていたのだ。そして関連動画から、オーロラのヒーリング音楽に行きついたのだと、すぐに気付いた。
履歴を見てみると、「吹雪 自然の音 安眠」なんてものもあった。あんな夢を見た原因はこれか。どこが安眠だ、死ぬほど寒かった。

でも、愛らしいうさぎと一緒に見たオーロラは、感動的なものだった。だから許してやろう。夢の世界も、終わり良ければすべて良しなのだ。





※これは、”私”が見た夢の記録…という形式の創作小説です。また、夢十夜のオマージュ的な物。


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