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透明日記「中洲には巨大な風が吹いている」 2024/07/10

朝、梅雨曇りで風の少ない日だった。セミの声が神社の方から聞こえていた。セミは朝しか鳴かなかった。

朝のうちに川辺に行くと、土手には人も鳥もいない。ハトまでいない。珍しい。風もなく、虫の音だけが草むらから聞こえる。

家の近くの橋の下、川岸でコイぐらいの大きさの魚を見た。コイより話しかけやすそうな顔で、コイよりも細い。まん丸の大きい目で、ウロコが細かく、キラキラ鋭い色艶をして、ボラっぽい。川岸でゆらゆらしていた。

砂利道を歩いていると、バッタが飛んだ。バッタの落ちたところへ行くと、バッタはいない。近くの草を踏むと、バッタが飛んだ。バッタを追いかけた。バッタは、長い草の葉にしがみついていた。ショウリョウバッタだ。葉の裏にからだを隠し、葉に脚を絡めて、じっとしていた。

捕ってみようかと思ったけれど、細い脚を絡める姿がいじらしいので、そっとした。まじまじと見ているうちに、ぽとっと落ちて、見えなくなった。SASUKEで力尽きて、落ちた人みたいだった。

風がないので熱が籠りそうな天気で、帰ろうかなと思っているうちに、向こうの橋まで行き着いた。

橋の下で休む。風が出てくる。橋の土台に向き合っていると、川の流れが土台に割れていくのが見える。土台の下流側の川面の波が、船が曳く波のように見える。土台が、船のように見え始める。川が流れるのでなく、土台が進んでいる。土手ごと進んでいる。ちょっとの間、そんな錯覚をした。無賃で船旅をした気分。

橋の下から、中洲にいる鳥を眺める。中洲は二つあった。どちらにも、二羽のカワウがじっとしていた。顔を上げ、気をつけをするように、ずっとじっとしていた。タバコ3本分の時間が流れた。

中洲には、いい感じの風が吹く。中洲に足を踏み入れたことがあるから知っている。空を遮るものもなく、風を遮るものもなく、風は大きな一つの塊で、空が一つの風のように感じられる。中洲にはそんな、果ての知れない巨大な風が吹いている。

カワウはその風を存分に味わっているのかもしれない。そう思うと、カワウが静かに、距離を取ってじっとしている様子は、趣味で集まった、風を感じる会のように見える。厳格なマナーがあるようだ。動くと怒られそうな雰囲気がある。

中洲の周りには、アオサギとコサギがいた。コサギはちょくちょく歩いて、川面をつつく。アオサギは盗み足で慎重に歩く。ただ慎重なだけで、川面をつつくことはなかった。

少し目を離すと、アオサギは二羽になり、中洲の周りを飛んでいた。ゆったり、優雅に、空高く飛ぶ。と、速度を溜めて降下して、川面すれすれを抜けるように飛び、バシャリと川に足を突っ込む。足には何もなかったが、ああして何かを獲るのかもしれない。

アオサギの飛ぶ感じはゆったりとして大きい。ほわっとした風を抱いて飛ぶところがいい。

鳥に人気の中洲は、全面砂地の中洲らしい。砂利混じりの中洲には鳥がいなかった。

川の中に生えた木の裏に小さな中洲がある。歩幅四歩分ぐらいの、砂地の中洲。二羽のカモが並び、お腹をつけて休んでいた。昨日も同じところに二羽のカモがいたので、気に入っているのであろう。

帰る頃にはまあまあな風が吹き、雑巾でも飛ばしたように、ハトが空に舞っていた。

家に帰って、昼飯。映画を途中まで観て、本を読む。昼どきは外に出たくなって、カフェに行く。川の橋の下を思い出しながら、川辺の情景を書き、本を読む。

外に出ると、風が強くなっている。微かに雨の匂いが混じっていた。小腹が空いたので、コンビニでおにぎりを一つ買って帰る。

本を読んでいるうちに、夜になる。夜はカエルがよく鳴いている。何週間もずっと鳴いている気がする。外には雨の予感ばかりで、雨は降らない。

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