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透明日記「停止・雨上がり・串カツ」 2023/10/20

しばらく見かけなかった電波の湖があった。肉の隊長が今日はここで休もうと言う。湖面に揺れるホログラムは遠い過去の日常を流している。人間が喋り、笑い、生きている。美しかった。

目覚めると、意識はソファの染みとなっていた。科学はソファから意識を浮かび上がらせる方法を知らない。染みとなった意識もその方法を知らない。肉の隊長が知っている。彼に会うには眠る必要があった。

目覚めると、ソファから意識が剥がれていた。肉の隊長がやってくれたのだろう。

起きてトイレ起きてトイレするうちに、時間に置いて行かれた。私とトイレはある時間を反復する閉じた時間の中にいる。昨日読んだ漫画の中で漫画を描いている姉の時間も停まっていた。

皮膚の艶がオブジェクトらしさを強調し、金属みたいに冷たく輝く。時間が硬い。静かに揺蕩うようでいて、強情なほどに硬い。叔母と飯を食うという特殊な予定が時間の凝固剤として働いているのかもしれない。予定のない人間に予定が生じると、意識は時間に流されることを止め、時間の向こう側を注意深く凝視する。

雨後の静かな時間、灰色の空を眺めてタバコを吸う。タバコが切れた。長袖に頭を通す。視界が遮られる、一ミリばかりの瞬間、頭の時間が動き始める。

外はまだ雨後の静けさ。風の音、車の音、転落防止用シートが旗めく音、階段に溜まった水を踏む音、遠くで溝の金網が跳ねる音。既知の世界。閉じた時間が繰り返されている。いつも通りにタバコを買う。灰皿の横で吸う。三人乗りをする若者のチャリが通り過ぎる。既知の世界にはないイレギュラー。時間は閉じてはいなかった。

地下鉄道という社会の食道を通り、巨大な胃袋に辿り着く。都市は群衆を胃酸で溶かし、果てしない観念のあやとりをする。妄念から高層ビルが生まれ、形而上のパンからショッピングモールが生まれる。人間を転がす禍々しい哲学が、都市の手のひらで転がされている。

高層ビルで串カツのコースを食う。ミョウガを抱いたエビが新鮮なシルエットで串に刺さっていた。食事中、何の前触れもなく、叔母の指から妹の指へ、指輪の住所が変わる。叔母はいつも不思議な現象を生む。

食後、隔離された喫煙島で一服しながら高層ビルを仰ぎ見る。自意識が夜に溶けていく。都市がただの都市であるように、私はただの私であった。恬淡と、そう思う。

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