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透明日記「肛門物語と小料理道楽」 2024/07/22

月曜の日記。恥ずかしいような尾籠な日記。ここに載せるのを迷っていたが、書いていたので、ここに載せる。

ベランダに来る雀が、いつも以上に口を尖らせて口を開けていた。暑くて苦しそうなその顔を見ると、外に出たくなくなる。タバコを吸うぼくを呼ぶその声は、イライラとして、トゲがあった。

最近よく来るようになった、尾羽の立った雀だ。個体として識別できる二羽目の雀。腹の黒ずんだ、もう一羽の方が、待つときは静かに待つので、好きだ。そいつもベランダに来ていた。

数日、肛門が局所的に腫れ、少し痛む。腫れ物はぷにぷにとして、海岸に落ちていそうな感じ。これが痔なのかと、自分の肛門を覗いていた。柔らかい身体はこういうときに便利だ。この腫れが引かないと思うと怖くなり、医者に肛門を見せに行った。

診察室に入ると、下着とズボンを脱いで尻を出して寝転べと、助手の女に言われた。言われるがままに、尻だけ出してベッドの上に横になる。

医者が来るまでのあいだ、ただ横になって尻を出す。白い壁を見て待つ。助手もドアの前に立ち、医者を待っている。なかなか医者が来ない。尻が寂しい。助手が尻を採点しているような気がする。鼻で笑っているようにも思われる。このまま医者が来ない未来も考えられる。地味におかしい空気が頭に広がる。ひっそり、口の中で小さく笑った。

ヘンな空気に耐えていると、医者が来た。姿勢を好き勝手に整えられる。尻の下にシートを敷くらしく、「尻を上げて」と助手が言う。尻に力が入った。力を入れても、尻がきゅっとしただけだった。尻の上げ方が分からない。ん?と思い、尻だけを上げようとしても、尻が少し斜め上を向くだけだ。助手が今にもシートを敷かんとしている。少しもぞもぞとして、腰を浮かせればいいのかと分かった。

横になって寝転んでいると、「尻を上げて」は難しい。「腰を浮かせて」の方がやりやすい。

ベッドが上がり、ジェルを塗られ、触診が始まる。ズボッと始まる。痛いような、こしょばいような、ヘンな感覚で、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばり、口角が上がる。指が器具に代わると、異物感が強くなり、息が細くなる。診察が終わって目を開けると、視界がチカチカと明滅した。

浮いたような足で立ち、ズボンのチャックとホックが開いたまま、妙に近い位置で医者が何かを書くのを覗いていた。ちょっとの間、服を整えるのを忘れ、アホみたいに立っていた。なんか近いなと感じ、一歩引いて服を整え、椅子に座る。

痔とは何かと、医者は尻の断面図を指でなぞりながら、肛門物語を語りはじめた。はあ、へえ、などと気の抜けた返事をするうちに、物語の末尾にぼくが加えられ、医者は物語を締めくくった。

外痔核という外側の腫れ物らしい。内痔核も眠っているという。腫れは引きつつあると言って、あとちょっとで引くらしい。ハッピーエンドだった。

病院を出ても、どこかふわふわとした気分だった。肛門をいじられた感触が微妙に残っている。殴られた犬のように、心の中がおとなしい。薬局で薬をもらい、カフェでサンドウィッチを食いながら、出来事を振り返る。

あの医者は、ぼくと目が合う時間よりも、ぼくの肛門を見る時間の方が長い。そんな人間がこの世にいるとは、信じがたいような気がする。

帰りに食材を買い、家できざみ昆布の煮物など、常備菜というジャンルのものを作る。しなくてもいいような小料理を暇なときにやるので、小料理道楽と呼ぶ。

病院と小料理で疲れた。夜、家でアホなフランス映画を観た。

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