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透明日記「朝の薬局」 2024/07/12

朝、ワイドショーの流れが止まり、アナウンサーが謝罪していた。
「今日の放送で、間違いがございました。わたくし、靴の左右を反対にして履いておりました。申し訳ございません。」
アナウンサーが靴を脱ぎ、履き直そうとするところで、コメンテーターが指摘する。
「右の靴下、裏表が逆じゃないですか。」
「え、あ、申し訳ございません。靴下にも間違いがございました。大変申し訳ございません。」
アナウンサーは靴下を脱ぎ、履き直そうとしていた。

謝って済む問題ではないと感じた私は、気がつくと、テレビ画面を頭突きで割っていた。額から血が流れていた。家に絆創膏がなかったので、血が少し止まってから、薬局に買いに出る。

薬局の店内は様変わりしていた。コーナーごとの担当者が揉めたのか、店の中に無数の露天が並ぶように、商品が売られている。風邪薬屋、目薬屋、マスク専門店、包帯屋、のど飴屋、しもの屋、などなど。切りがない。こんなにも担当者が分かれていたのかと驚く。

しもの屋の店主はおばちゃんだった。左手に電子タバコ、右手に青い羽の扇子を持つ。店頭には避妊具や生理用品が並んでいる。ずいぶんざっくりとした商売だなと思っていると、おばちゃんは扇子をひらひらさせながら、「お兄さん、何センチ〜」と、股間のサイズを聞いてくる。店の横にはカーテンで仕切られた空間が二つある。それぞれ、コンドームと生理用品の試着室らしい。250円で色んな商品が試せると書かれていた。誰が使うのかと思っていると、「殿方」と書かれた仕切りから物音がする。ギョッとして、その場を離れた。

しもの屋の方から声が聞こえる。
「おばちゃーん、着れたでー。」
サーっとカーテンが開かれ、おばちゃんの声。
「ああ、よう似合うてるやん。それにしい。えらいおっきいんやなあ。」
見せるものなのかと思った。

目薬屋の前では、目薬のショーが行われていた。小柄な女が脚立の上に座り、脚立の下にゴザが敷かれている。ゴザには、両手で目を開いた男が寝転んでいた。ドラムロールが流れ、女は目薬を掲げ、ドラムロールが止まると、男の顔に目薬を垂らそうとする。沈黙を挟んで、一滴の目薬が垂らされた。男の目に目薬が入ったのか分からない。目薬は続けて、何滴も垂らされる。男は口を開け、あーあーとおどけながら、目薬を口にしていた。三人の客がケラケラ笑っていたが、間抜けた音楽が流れ、女が脚立から降り、男が立ち上がり、中身はリンゴジュースでしたー、と言うと、客は怒りで震え上がり、脚立を蹴倒して帰っていった。

美肌屋の店主は美人だった。化粧水や保湿剤、日焼け止めなど、美容グッズが売られている。化粧水を手に取っていると、いろいろな効能を説明し始めた。説明しながら何かの準備をしている。フラスコで化粧水を加熱しているようだ。フラスコの口にホースをセットし、沸騰するとホースから湯気が出てきた。座ってと言われたので、座ると、湯気が顔にかけられる。じわじわ顔の上で水滴が大きくなっては流れてくるので、顔を前に出し、もらったおしぼりで流れる水滴を受ける。しばらくすると、湯気が止まり、新しいおしぼりで顔を拭いた。頭がぼうっとしつつ、晴れてくるようだった。女は天女のように微笑んでいた。

「これが化粧水の本当の使い方です。違い、分かりますか。」
と聞いてくるので、分かると返事をすると、フラスコとホースのセットを売ろうとしてくる。要らないと言うと、年齢を聞いてくる。「いま何歳ですか?」と。めんどくさいので、「なんか、胡散臭い」と言って立ち去った。

のど飴屋で、のど飴の試食を一つもらう。爪切り屋で、人差し指だけ爪が切られる。他の爪を切るには別料金がかかるらしい。それにしても、絆創膏屋が見つからない。

うろうろしていると、急に店内に現れた警察に捕まった。アナウンサーに対する暴行罪だと言う。身に覚えがなかったが、ニュースで使われる犯罪者の声色を出したくなり、「カッとなってやった」と、静かな暗い声を出してしまった。

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