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透明日記「昼寝で枕によだれする」 2024/07/17

朝八時ごろから、神社のセミが鳴きはじめる。空気がざらつく。セミの声は街の空気を変える。空気がざらついて現実感が湧いてくるような気もするし、セミの音空間に囚われて、夢の中にいるような気もする。

ベランダから見える空の彼方、山の上の方に、ブロッコリーの頭のような雲が幾重にも浮かぶ。ぐるりと、三つの方角にそんな雲を見る。雲と雲とが重なって、光と影を畳み込んでいた。

その感じが、セミのリズムに似てるような気がする。セミの声は、聞けば聞くほどに同じところをぐるぐる回る。今日の雲も、見れば見るほどに同じような陰影を繰り返す。

祭囃子も同じような調子が繰り返される。繰り返されるリズムはトランス状態を生むと、音楽で卒論を書いたやつが言っていたのを思い出す。そいつは経営かなんかの専攻だったと思う。夏の風物にはサイケデリックの趣きがあるのかもしれない。

九時ごろ、ゴミを捨てる。穴の空いた靴下やパンツ、靴なども捨てることにした。穴が空いて1年ぐらい経つが、穴が空いているから使わない。使わないけど、思い出がある。

モノが記憶を再生する。いろんな情景や気持ちが流れる。悲しいような気持ちも、楽しいような気持ちも、何気ない日常も、自分のモノになった日のことも、それを着て遊んだ幾つかの日のことも、モノを話題にした友達の顔も、いろいろ流れてくる。モノは記憶を呼び起こす。簡単に捨てられるものではない。でも、捨てないと、生活スペースがなくなる。暮らしにくくなる。自分史の資料館を作る計画も、いまはない。いつか、孤独すぎて自分が生きているのか分からなくなったら、そのときは作り出すかもしれないが、そこまでの孤独感もない。幾らかの思い出に浸りながら、写真だけ撮っておいて、実体は捨てた。

捨てる前に記録を残しておくのは見返したときに面白いなあと、つい最近思った。昔のスケッチブックを開いたときに、当時の筆箱、帽子、電気スタンド、部屋の状態などが写生されていた。全く存在を忘れていた筆箱が出てきたので驚いた。かなり懐かしい感じで、大学の教室とかが思い出された。これからも捨てるときは写真を撮ると思う。

ゴミ捨てから帰ると、昨日に服を何着か買ったので、衣類を整理した。冬物がようやく仕舞われた。まだまだ穴の空いた靴下が出てきたが、捨てないことにした。整理の後は、小説を読んだ。

昼にカップ麺のそばを食べ、地べたに枕を置き、本を取ってうつ伏せになる。枕に肘を付いて読む。暗くて曖昧な雰囲気のある、風が吹いたり止んだりする小説だった。読み終わると、うつ伏せでうたた寝をした。

目が覚めると、口元がねちょっとする。枕によだれが光っていた。小指の爪ほどのよだれがふっくらとして、五大湖のひとつにありそうな形をしていた。大阪府のような、香川県のような、そんな形にも見えるが、電気に照らされ、輝いているところが、湖の光を強く感じさせた。

五大湖だと思い、上体を起こす。泥の気分でティッシュを取り、口を拭い、湖を拭き取る。からだも頭も泥のようだ。からだを後ろに倒し、畳んだ布団にもたれ込みながら、ゴミ箱にティッシュを入れる。力尽き、糸の切られたマリオネットのように、奇妙なポーズで布団に倒れる。手が伸び、膝が折れ、からだが畳んだ布団にだらんと掛かる。からだを起こす力は出ない。布団の引力がつよい。しばらく泥になり、伸びていた。

変な姿勢で伸びていたので、足が痺れた。足を動かして痺れを避けようとすると、上半身が動く。こっちを先に起こさないと足が動かせない。自然とからだが起きた。布団を背にしてぼうっと、生ぬるい火照りを感じ、それに浸る。

手で顔を拭う。肌がしっとりとしている。甘い眠気を塗り込んだような肌だ。うたた寝の後によく、こんな肌になる。あくびを一つ二つやるうちに目が覚め、立ち上がり、動き始めた。水を飲み、甘い菓子を食う。

頭が晴れ晴れとして、解決できない問題がないような気分になる。問題が思い当たらないので、ただただ頭が晴れていただけだった。晴れた意識でテレビを点け、チャンネルを回す。散歩番組が流れていた。

イギリスの公園のような映像。木々の生い茂る小道を抜けると、道の交差する小さな空間で、机に色々な小物を広げる女たちがいる。お茶会のように見えたが、トニックウォーターを作る会らしい。生姜やら何やらをビンに詰めていた。魔女のようだった。そのうちの一人は、老若男女、誰でも参加できるアート教室もやっているらしい。道を折れ、小道を進み、公園が終わる。

テレビを消し、日焼け止めを塗り、外に出る。日差しが強い。空は高く、雲の形に風を感じる。昨日買ったインナーは冷感素材なのか、冷たさを感じる。技術ってすげえなあと思うが、散歩するには日差しが強い。カフェに行く。クーラーが少し寒い。もう少し外気に身をほぐしてもよかったなあと思う。ぽつぽつと文章を書いて、小説を読む。

外に出ると、夕方になっていた。雲が遠くて、空が高く感じる。うろこのような雲が夕日に映えていた。さわさわと寂しげな風が吹いて涼しい。川辺を散歩することにする。

今日は音楽を聴きながら歩いた。ディスコとかファンクっぽいのを聴いていた。勢いのある切なさのようなものが流れる。寂しいような風の感じにも合っていたように思う。土手に登ると、高い空が一望できる。西の方で夕日が雲に覆われながらも、空を黄色く染めていた。空、すげー、と思いながらいっぱい歩く。空と風と音楽ばかりに意識が向いていた。それ以外で川辺に印象に残っているのはバッタとカモメぐらいだ。

バッタは地面にいた。細長い感じだけど、トノサマバッタだと思う。近づいても跳ばないので、迂回して傍を通り抜けた。整備中のガンダムのような佇まいを感じた。カモメは本当にカモメなのか分からない。カモメっぽい、つるっとした翼を広げ、夕日に光となって飛んでいた。三羽が過ぎたあと、十羽ぐらいの群れが過ぎた。頭上から現れ、程なく光の点となり、見えなくなる。

いっぱい歩いて帰ると、ニットがほつれていた。明日修理できるか試そうと思う。晩飯は近所のお好み焼きを食べた。

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