見出し画像

透明日記「美容院で髪を切る」 2024/06/04

美容院はいろんな音であふれてるの。ぽやぽや、きらきら、きんきん、ぶおお、ぶおお、じょぼじょぼ、って。なかでも今日は、おしゃべりがごっつい感じでうねってて、ごおおって、ウォータースライダーで水に呑まれる感じがあった。

隣と隣の隣と隣の隣の隣かどこかで、客と美容師と客と美容師と客と美容師のしゃべる声が、ぼわあって長方形の白い店内に広がって跳ね返って、ぼわわんぼわわんってなって、店内が歪むの。

たぶん、地上からほんの少し、美容院は浮いてたはずや。歪んだ形が歩道に染み出して、そうなったらもう、美容院もその中の人間もみんな一つになって、もやし。もやしみたいな色。ぐにょぐにょのもやし色、の、もや。

しばらくして静かなってきたら、ぐにょぐにょは音も立てんと元の地面に吸い付くねん。水滴と水滴が、にょって繋がるみたいに。

ほんで気付いたら、もやし色のぐにょぐにょの中に、もうちょっと固いぐにょっとした泥人形みたいな人間の大きさの形が出てきて、人形はもやし色からはっきりした色に変わってきて、それといっしょに形も人間の形に戻っていくわけ。

色の薄い流行りのジーパンとか無難な黒いシャツとかツヤツヤの茶髪とか、いつも見える感じの色と形が戻ってくるの。

ちょっとのあいだやったけど、おしゃべりはごっつい感じに盛り上がっとった。椅子でポツンって待ってるあいだ、そんなもん感じたわ。

あっこの美容院の壁はな、四角くボコボコしたとこがあったり、シャシャって土を引っ掻いたような模様があったりして、できればじっくり壁を見ていたいけど、髪切りに来てるもんやから、しぶしぶメガネ外して、そっから先はもう、壁はのっぺりで残念で、白い雰囲気だけ。

切ってもらってるあいだの自分は、富士山に頭乗っけたような形。慎重に乗せましたって感じでな、なんかあったら頭がポロって落ちるんちゃうかって思った。

そんな感じの上半身になってる自分の、ぼやぼやした輪郭を見るねん。自分の周りに太いぼかしみたいなんが見えるから。じいっと見てたら、目が悪いってどういうことやろかって、ヘンなこと考えてた。

でもずうっと見てたら、オーラまとってるみたいで笑けてくるから、鏡の向こうのでっかい時計に視線そらしたりせなあかんねん。ほんだら次は、片目で見たらどうやろかと思ったけど、髪切ってもらってるときに片目になるんはヘンやからやらんかった。左の目だけ閉じようと試してみたけど、半目ぐらいでやめといた。ほんとはぜんぶ閉じてみたい気持ちでいっぱいやったな。

頭の周りで道具の音するんもおもろくって、刈り上げる時のぶーんて振動が耳の裏に来たら、背中がむずむずってこしょばあなるけど、動いたら耳落とされるから動かれへんねん。美容師は色んな刃でジリジリに変化付けて体動かそうとしてくるわけやけど、耐えたな。よう耐えたと思う。おかげで今も耳付いてるわ。

髪の毛って、しゅりって切れるねんけど、しょりってときもある。一回で多く切るときはしょりで、ちょっとのときはしゅり。

しゅりはハサミ閉じるんが速くって、髪の毛もよう飛んできて、デコとか鼻にいっぱいついて、顔をむずむずさせるわけやけど、やっぱり動いたら耳削がれるから動いたらあかんねん。美容師がちょっと離れた隙にサッて顔を拭うのんが、やっとの抵抗やったな。

髪切るんだいたいできてきたら、長さはこれぐらいでええかって聞かれて、メガネしてないし見えへんしメガネ取るんめんどいから、一瞬だけ目に力ぐって入れて見えるか試したけど、やっぱり気合いではどうにもならんもんで、どうにかなったらメガネいらんのやし、結局メガネ掛けたな。一瞬でも気合いで視力上げようとした自分が恥ずかしいわ。

ほんで、量感とかも聞かれるから、富士山のふもとから手出して髪の毛わしゃわしゃしてみるわけやけど、これで一体何が分かるんかよう分からんから、あーって一声入れて自分で判断してるようなフリして、大丈夫です。

なんの根拠もない大丈夫ですに美容師はひとまず安心しはるから、こう言わなあかんねん。せやないと耳削がれるからな。

頭洗うんはボール拾いみたいなもんで、頭はボールと考えたらええみたいで、せやから下っ端みたいな美容師が頭洗うことになってるらしい。

水がジャーってシャワーで、頭の後ろで丸い感じに水が揉まれてるん聞いてたら、みずみずしくって、何才か若返る感じがあって、洗髪が始まった。

髪濡らしたら、髪はくっ付き合うから、切った毛もくっ付いて、それやったら流す意味ないから美容師は指で髪わしゃわしゃしながら髪洗ってくれるねんけど、それで切った毛がぜんぶ落ちるか言うたら落ちへんわけで、せやから家帰ってわしゃってやったら、毛クズがハラって落ちてくる。未練がましく家までついてくるんやな。呪いの毛や。

まあそれはあとの話やから置いといて、シャンプーはもこもこ泡立つわけやけど、泡立っていくん見てないはずやのに、なんか見えてるみたいに泡の白さとか、もこっとした立体を感じるし、泡の中をサアって走る十本の指まで見えてるような感覚になるから、何これ。数十センチぐらい幽体離脱とかしとるんやろか。

ほんで流してもらったら、泡だけやなく頭の中のゴミまで流れるようで、スッキリして気持ちがええ。美容師は脳みそまで手突っ込んどるんかもしれへんな。

あとは髪乾かして微調整してセットして完成って感じやけど、なんやセットなんかはテキトーでええのに、櫛でもったいぶって整えとったんは意外な感じで、おんなじところをゆっくりじっくり櫛で撫でて、ケーキでも作ってるように真剣やし、美容師の妙なこだわりっちゅーか、律儀な性格みたいなもんを見れたような感じがしておもろかったな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?