ロックをしないか(3)

前回のあらすじ

クソでかい虫が家の前で死んでる。
きっとあなたのご先祖さまが帰ってきたのね。
一度よく体に塩を揉みこんでセルフ注文の多い料理店。

てね〜〜〜〜〜〜ッ!


とういうわけで私、爆市太郎は毒島ブス子のロックにギターボーカルとして加入したわけだ。

今日は初の音合わせということで、ギターとか機材を学校に持ってきた。

学校に着くやいなや、友達が一斉に私の所へ駆け寄ってきた。

「毒島に見初められたらしいな」
「お前とうとう別世界の人間になっちまったんだな」
「死ぬなよ。そしておかしくなって俺らの命で弄ぶなよ」

ってね。無論権力を手にして狂わないように自分に言い聞かせはしてある。ただ無意識のうちに、毒島ブス子と同じようにその強大な力を持って他者を傷つけてしまう人間になるのではないかと怖くなる。

ただ自分には毒島ブス子のようなオーラもないし、オドアケル佳代子のような力もない。大丈夫。人の命を粗末に出来るほどの特徴はない。ただの一般ピーポー。

そうなると、1年生の子が自分にとって最も近しい存在になるのでは? ともその時思っていた。

「例えば君が傷ついて挫けそうになった時、どうする?」
「ビリーブを大喜利の課題にするな」
「支えてあげるよ小保方を」
「支えてあげる時期が遅すぎるよ」
「I Believe in Future 死んでる〜」
「生き物だからね」

しまった。あれは臓物と同化してる存在だった。
心臓のバクバク、という音は彼女の管轄内。
今の歌? ホ長調的な?
私は恥ずかしくなってトイレに駆け込んだ。

わかっていたがあの三人と絡むのは普通の人間だと地獄だ。どうにかして、狂人になってあれと対話しなくてはいけない。

おや? あそこにトイレの消臭ビーズが。
とっても美味しそうですね。

「う、ぅまい!」

私の好きな食べ物はミント味の消臭ビーズになった瞬間だった。前はサーモンのお寿司が大好物だったのに。

「えっ、きっしょなにしてんの」

その声の主は毒島だった。
私は彼女のドン引きの表情に焦ってしまい、かえって我を忘れた。

「た、食べます?」
「頭おかしいのかお前……。お前の存在が異様なほど落ち着かないから心配して見に来たが……」

気にかけてくれてるんだ、という意外さを覚えながら、私は消臭ビーズを捨てた。

この消臭ビーズで狂人の真似事をしていた、なんて言えない。狂人になって、毒島に追いつこうとした、なんてのも言えない。

「そもそもここ男子トイレですよ」
「男子も女子も垣根を超えた存在だからな私は。子宮がついてるが、精子も出せる」
「オトクですね」

すると毒島がギターを取りだした。
ES-335。真っ赤な真っ赤な殺人ギター。あまりの赤さに世の中の赤がカスに見える。

「というわけでセッションだ」
「朝から、しかもトイレでするんですか」
「学生は若さが大事だからな。時場所構わずかますのが流儀だ」

既にトイレ中がハウリングを起こしている。
鏡の中の毒島が外に出たそうにしている。

「いいですけど、本当に幻滅しないでくださいね。私はモテるためにギターを始めた不純な人間ですから」
「関係ない。一般的な思春期は異性を抱いてこそ確立される」
「毒島さんに思春期はあったんですか」
「お前が奏でる音色次第だな」

私は満を持してギターを取り出した。

「フェンダーストラトキャスター。サンバースト」
「レリック加工は自前です」

買って当初は白かったピックガードはくすんでクリーム色に。フレットから湿った犬の臭いがするが、口の中の消臭ビーズがそれを誤魔化す。

高まる緊張感に、それはそれは綺麗なトイレの女神様が出てきた。

「私は肉便器神」
「トイレの女神様壊れる」
「この空間でセッションとは実に素敵ですね。ビート刻みます」

そう言ってトイレの女神様、肉便器神はどこからともなくスッポンを取り出すとそれで周囲を叩き始めた。しかも16ビートをバカみたいなスピードで。なんなんこいつ。

ただ、ロックは仕方なく、それでいて合図無しでなんとなく爆音と共に始まる。

決まったルールなどなし。
ルールがないことがルール。
けれども手を抜けば勝者と敗者だけは決まる。



Em



相手のリズムは最低限守るが結局自分の土俵にいかに持っていけるが勝負。
毒島ブス子の奏でる音はまさに破壊であり攻撃。まともに殴りに行けば音の物量で潰される。
赤道ギニア仕込みのリズム感度はまさに神業。

しかしこのぶつかり合いで、あんなに強大な存在だった毒島にようやく到達出来る気がした。

嵐のように襲いかかる歪んだ音の波の中に、小さな隙間が見えた。
とても小さく、繊細でないとそこをくぐれないが、存在を証明しないとただの通り抜けにすぎなくなる。

そこに乗り込めても、主張が無ければ埋もれるような僅かな隙間。逃げる手段などないので、結局ここを通らなければいけない。

きっと将来私は、そこに歌を乗せるんだろうと思った。
あの時感じた絶望は晴れた。
無茶じゃない。

トイレの空間が捻れてどんどん破損していく。
これに合わせて下水が辺りから噴射する。
しかしあまりに美しいクソ水。
美しすぎるクソ水。汚すぎて美しい。

汚いと美しいが両立した時、ここで咀嚼中の消臭ビーズが生き返る。

「そうだ、こいつは消臭だけじゃなく、消毒効果もあるんだ」

途端にフレーズが指に宿る。
鹿児島の指宿の語源。

爆発のような音を切り裂くように私のフレーズが駆け抜けていった。
ついでに歌うか? 金玉がないけど、今ならきっと歌は意味を持つ。

毒島ブス子の友人になるためには、媚びる姿勢ではなく、己を示さなければいけない。

これは私なりの自己紹介。
毒島ブス子、あなたの中に入るよ。



『ほんの少し 一矢報いた気がした
あなたの壊れた爆音に 人の気配を覚えた
遠く離れた その金の巨星は
私の話す 言葉で出来ていた』


私の思う適当なワンフレーズに毒島の目が開く。
待たせたと思った。
かなり。

全てが感動する音楽ではない。けれども、この私の音と想いはロックであり、これを求めていた毒島には伝わったはず。

自然とメロディーが分散していき、トイレの女神様の正体が便乗してきた用務員だと分かってくると、徐々に互いの熱が落ち着いてくのを感じた。

何となく音が消えていく。あんなに騒がしかった瞬間が嘘のように思えてくる。一瞬だけとてつもない火力を生んだ二人の手は血だらけだった。

「礼を言う」

毒島はボリュームを切った。チャイムが鳴った。このチャイムを聞いて私は気付いた。

「これ、あなたの作曲なんですね」
「ようやっと分かってくれたか。なぜだか、孤独を感じた。いい孤独だ。全てが上手くいっていた私の中で、ようやくコンプレックスに会えた」
「羨ましいですよ。そう言えるほど無敵で」
「価値はあるな」

私はとても疲れたが、セッションの終わりに礼儀を持ち込まなければならないと思った。

そうして、血だらけの右手で握手を交わした。

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