教師が教師を嘲笑う きつおん2

中学校時代、常に青いジャージの先生がいた。私は直接教わったことはなかったが、体育館等の集会で見かけた。関わってなかったのでどのような性格の先生かは知らなかったが、集会で話すとき、前後に身体を倒すようにしてリズムをつけて一生懸命話している姿は何度も見ていた。吃音者には吃音者がわかる。どもっていなくてもわかる。その先生は身体を揺することでなんとか言葉を出しているのだ、吃音者なのだ、ということは考えずともわかった。そして、言葉が不自由だと会社員はきついのだろう、学校の先生になれば公務員だから、よほどのことがないとクビにもならないだろうから教師になったのだろうな、と勝手に切ない想像をしていた。
三年生のころだろうか、新しく若い男の先生が入ってきた。さっそくなぜか、<ヤリマン>というあだ名を女子からつけられていた。若く、ある程度は男前で、そして、生徒からもある程度の人気があった。このような、若く元気な新任教師が、そのジャージの体育教師の喋り方に当然目ざとく気がついた。いや、誰でも気がつくのだが、彼が他の教師と違っていたのは、その喋り方をさっそく生徒の人気集めのネタに使えると思ったことだった。彼は、あるとき、集会でわざと前後に身体を揺すりながら話をした。もしかしたら、あの体育教師が話した直後だったかもしれない。その方がネタとして効果があるだろう。生徒たちはどっと笑った。
それは、あまりにも軽薄で無知で、悲しい瞬間だった。教師が教師を笑ったのだった。おしゃれでもない、毎日青いジャージを着ている、もしかしたら必死で教職にしがみつき、そして自宅には養わなければいけない妻子・・もしかしたら老親もいるかもしれない、その教師を皆の前で公然の笑いものにしたのだった。
しかし、その時代はそういう時代だったのだ。令和の今、そのようなことはありえない。喋り方に特徴のある人を、喋り方でなくとも、その他でも他と違う人のことを絶対に笑いものにしてはいけない。しかし、あの時代、ごくごく平均的な人は吃音という言葉さえ知らなかった。当の吃音者自身も知らないこともあった。吃った人、詰まった人、しゃべるとき、一生懸命にリズムを取りながら話す人を、笑っても構わない時代だったのだ。
その若い男性教師が悪魔だったのではない。彼は単に知らなかったのだ。想像力の欠如、無知の賜物、ジャージの教師が前夜から、あるいは一週間も前から集会でのスピーチにおびえ、自宅で練習し、そして精一杯頑張った上での、身体を前後に揺らしながらのスピーチだったかもしれない、ということまで思いが至らなかったのだ。若い男性教師はそのジャージの教師が自分に怒らないということもはっきりわかっていたに相違ない。なぜって、そうでなければ、あの若い男性教師とて、そんなことしなかったはずだから。
私はあのジャージの先生に思いを馳せ、今更ながら涙が出てくる。


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