ギターの音痩せは抵抗のせいではない


ギターの音痩せはLCで決まる

 エレキギターとアンプをつなぐシールドケーブルが長すぎると「音痩せ」と呼ばれる音の劣化が発生するそうだ。そして多くの記事で音痩せの原因はシールドケーブルの抵抗の増加にあると解説している。例えば、私もギター関連でよく世話になっている「エレキギター博士」というホームページでも以下のように解説されている。

シールドケーブルは長ければ長いほど「音質が劣化」します。音質が劣化する原因としては、シールドが長くなることによる「抵抗の増加」が挙げられます。

https://guitar-hakase.com/8454/

 しかし電気回路の理論から考えると以下の2つの理由から、シールドの抵抗音痩せが起こるとは考えられない。

  • シールドケーブルの抵抗の小ささ:数百kΩ以上のギターの出力インピーダンスやアンプの入力インピーダンスに比べて、大きくても数Ω以下のシールドケーブルの抵抗は無視できる大きさである

  • 抵抗の周波数特性:抵抗は周波数によらず一定(※)であるため、仮に影響があるとしても音量が小さくなる、ノイズが乗りやすくなるということはあっても音色が変わるということはない

※ 厳密にはないわけではないがオーディオ信号程度では無視してもいい程度である

 そこで、抵抗以外の原因で音痩せの減少を解説をしている記事を調べてみたところ、以下のnoteを見つけることができた。

 このnoteではギターの音がピックアップのインダクタンスと抵抗、そしてシールドケーブルのキャパシタンスのLCR回路よって決まると解説されており、シールドケーブルの抵抗に原因を求めたときのような疑問点もなく、なぜ長いシールドケーブルで音痩せが生じるのか理解できる。
 ただ、普段から電気回路に慣れ親しんでいなければ、高校時代の授業のおぼろげな記憶だけではこのnoteの内容を理解するのには時間を要すると考えられる。また、記事では「LC共振が音痩せの主な原因である」と解説しているだけで、明確に「シールドケーブルの抵抗は影響がない」と書いているわけではないため、人によっては「やはりシールドケーブルの抵抗も一定の影響を及ぼしているのではないか」と考えることもあると思われる。
 そこで、実際の測定を行うことで、シールドケーブルの抵抗が音痩せにほぼ影響を及ぼさないことを示したいと思う。

信号特性に対する抵抗の影響の測定

測定系の構築

測定系の概要

 上の図は測定系の概要を表したものだ。使用機材と測定内容は以下に箇条書きでまとめる。

  • ピックアップ:バッカスのストラトキャスタ「BST-1-RSM」のリアピックアップ

  • シールドケーブル:VOX社「VGS-30」、3m

  • ファンクションジェネレータ:HANTEK HDG3022B

  • オシロスコープ:Rigol DS1104Z Plus

  • ファンクションジェネレータ出力信号強さ:1V Vpp

  • 周波数掃引範囲:20Hz ~ 20kHz (可聴周波数範囲)

  • 掃引点:指数増加、201点

 ギターアンプの入力インピーダンスは1MΩ程度であるため、今回はオシロスコープのプローブがアンプの入力インピーダンス代わりになる。

測定結果

ピックアップとケーブルの周波数特性

 このグラフはオシロスコープで測定したVppを1V Vppに対してdB変換し、横軸周波数でプロットした結果である。5.1kHzに共振点があり、そのあと急激に利得が下がっていく。
 15kHzあたりから利得が逆に上がり始める傾向は、信号周波数が137kHzのところでピークを迎えており、おそらくどこかの寄生インダクタンスによる共振と思われる。まだこの共振現象の原因は解明できていないが、今回の測定では重要ではないため考察は割愛する。

抵抗が増加した場合の測定

 続いて、シールドケーブルの抵抗が増加した場合を想定した測定を行う。ただし、同じケーブルを2本直列でつないではケーブルのキャパシタンス成分も増えて純粋に抵抗だけが増えた状態の測定にならないため、今回は測定系概要図の「A」の部分に330Ωの抵抗器を挟んで測定を行った。シールドケーブルの抵抗はおよそ0.3Ω(LCRメータ TC1で測定)であり、330Ωはシールドケーブルの長さに換算すると3km以上に相当する。その結果と、元々のピックアップとシールドケーブルだけのときの測定結果を重ねてプロットしたものが以下のグラフである。

抵抗の有無による周波数特性の比較

 330Ω抵抗がない状態の特性(黄色)とある場合の特性(青)は重なっており、抵抗成分が周波数特性に影響を及ぼさないことが確認できた。

まとめ

 今回は「シールドケーブルが長いと抵抗が増えて音痩せが生じる」という説明が電気回路の理論に反することに疑問を覚え調査を行い、ギターの音色には抵抗ではなくLC共振が支配的な影響を及ぼすという解説を見つけた。しかし、その解説ではシールドケーブルの抵抗が音痩せに影響しないことが分かりやすく伝わっていないと感じたため、ケーブルの抵抗が高い場合と低い場合の比較測定を行い、ケーブルの抵抗の影響はほぼ存在しないということを示した。

補足

 今回「ギターの音痩せはシールドケーブルの抵抗とは無関係」と結論を出したが、これはあくまでもシールドケーブルの抵抗が他のインピーダンス成分に比べて十分小さいという前提の元での結論であり、抵抗の値がピックアップやアンプのインピーダンスと近い大きさになってくるとその限りではない。

シミュレーションの回路図
抵抗値によるLCR回路の周波数応答の変化

 上記グラフはL=3.4H、C=290pFのLCR回路で抵抗の値を0.5Ωから500kΩまで10倍ずつ変えてシミュレーションした結果を示している。抵抗が50kΩ以下の範囲で同じ周波数で共振を起こしピークを持つが、ピークの高さが次第に下がってくる効果があることが分かる。そして500kΩにまで大きくなるとピックアップのインダクタンスより抵抗の方が支配的になり、抵抗の値に比例して高周波成分が小さくなる。
 もっとも、シールドケーブルの抵抗が数百Ω以上になるという想定がそもそもナンセンスであり、「シールドケーブルの抵抗」は「ギターの音には影響がない」と言っても差し支えない。


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