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シールドケーブルでなぜギターアンプの出音が変わるのか?LC直列共振現象!

今回の記事は興味深いかたが多いかと思います。ずっと昔からギタリストの間で議論され続けて一方に結論の出ない「シールドケーブル」論です。私も10年ほど前にシールドケーブルの測定データを公表し、少しだけ波紋を呼んだこともありました。結構多くの方に見ていただいていたようです。

今回の記事は、シールドケーブルによる音色の変化に興味惹かれ、あれこれ試して違いを楽しんだり、こだわりのシールドケーブルをお持ちの皆様にとっては、不愉快な思いをする結論に至る可能性がございます。ここは責任は持ちませんので、これは最初にお断りしておきますね。

まずはシールドケーブルの説明の前に、ピックアップの出力に含まれるコイルの成分「インダクタンス」について説明します。シールドケーブルの話をするのになぜコイル?と思われるかもしれませんが、実はこれがかなり重要です。

電子部品として使われるコイルは例えば写真のような形状で、コアと呼ばれる磁性体に配線材をグルグルと巻きつけたものです。もちろん写真の他にも大小様々な形状のコイルが存在します。

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コイルはこれが簡単にいうと「高い周波数ほど信号を通過させにくい」特徴があります。少し前の記事で説明していた電子部品「コンデンサ」とは真逆の特性を持つ部品です。このコイルも周波数ごとに変わる抵抗のような成分「インピーダンス」をもっています。

コイルの持つインピーダンス成分を Z とすると Z は以下の式で表されます。L はコイルの持つ固有値で「インダクタンス」といいます。 単位は H(ヘンリー)です。もちろんf は周波数、単位はHz(ヘルツ)です。

Z = 2πf L

せっかくなのでこのコイルを使った分圧や周波数変化などを例を挙げて考えたいところなのですが、実は電子部品としコイルを選んで使う機会は アンプやエフェクター 設計上かなり少ないです。

自分の知る限り、使われているのは真空管アンプなど古めの設計なイコライザーや、ワウペダルくらいです。前回説明した電源トランスもコイルですが設計段階でインダクタンスを考えることはほとんどありません。あとは逆に近年の技術であるのスイッチング電源やPWM アンプ(デジタルアンプとか クラスDとかいわれるアンプ)など、ちょっとここで説明する「昔ながらのアナログ電子回路」とはかけ離れた分野ではよく使います。積極的に何mH(ミリヘンリー)のコイルを使って何ヘルツの周波数を、、と設計することは私自身ほぼありませんでした。ですので、今回はコイルを使った実践的な計算は割愛します。コイルはコンデンサと逆で高い周波数ほど交流信号を通さない周波数依存素子とだけ覚えてください。

そして今回の本題はここからです。シールドケーブルによって出音が変わる現象の原因である、「LC共振」と呼ばれる現象を説明します。コイルとコンデンサが直列に並ぶことで「共振」を起こす現象です。もちろん原因の全てではありませんがシールドケーブルによる音色の変化は私の主観では9割これです。

まず、ピックアップ〜ギターアンプまでの等価回路は以下になります。図の中でアンプと表示した部分は、エフェクターを使う場合は最初に接続するエフェクターです。尚、ギターアンプや最初に接続するエフェクターの入力インピーダンスが十分高いことを前提にします。ほとんどのギターアンプやエフェクターは 500kΩ以上の入力インピーダンスを持っていますので問題ないとは思います。

 VOLUME、 TONE回路は評価がややこしくなるので外してあります。もちろん影響はゼロではありませんが、それほど大きくはありません。

シールドケーブルによる音色の変化

まずエレキギターのピックアップは信号源と直列に抵抗値、コイルの成分であるインダクタンスLpを含んだ回路です。ピックアップは磁石を真ん中に設置して配線材を巻きつけた「コイル」なので必然的にインダクタンスを持ってしまいます。抵抗値 Rp は配線材自体の抵抗値です。断線をチェックする際などにテスターで測定する「直流抵抗値」そのものです。

次にシールドケーブルの等価回路です。シールドケーブルは芯線を囲むようにアースでシールドされている構造上、大きなコンデンサ成分「キャパシタンス」Cs を持っています。この「キャパシタンス」はケーブルのデータシートで確認できます。pF/m という単位で 1m あたり(1ft あたりの場合もあります)何pF(ピコファラド)という書き方をしています。シールドケーブルのキャパシタンスはケーブルの長さに比例します。例えば1mあたり 100pF のケーブルなら、2mで 200pF、3mで 300pF と計算できます。

もういちど回路図に戻ります。回路図をみるとピックアップからシールドケーブルまで Rp 、Lp、Cs が直列に並んでいる状態になっているのが確認できます。

シールドケーブルによる音色の変化直列

ここで Lp と Cs が「直列共振」という現象を起こします。実は恐縮ですがこのキモになる「直列共振」は説明が少し難しいです。インピーダンスを「実数」「虚数」「角周波数」 なんて概念を使って表現する「交流電気回路理論」の知識が必要になります。私は学校の授業で学びましたが、あまり一般的な知識ではないと思います。おそらく電験を受験しているかたは詳しいと思います。

LC共振は交流電気回路理論で説明すると「インピーダンス全体の虚数部の和がゼロになる状態」なのですが、要するにこの Lp と Cs の インピーダンス数値が等しいときに Lp、 Cs が互いを打ち消しあい、回路上ショートしていることになって大きな電流を流してしまう現象です。

しかし、実際は Cs にこの大きな電流が流れているため、共振しているときこの両端にかかる電圧、アンプに入力される交流電圧が大きくなります。

この回路ですと Lp も Cs もただただハイカットフィルターとして、高い周波数を減衰させそうな役割の回路なのに、周波数が上がった方が出力が大きくなるわけなので、とても不思議ですね。

この回路の出力を横軸に周波数をとってグラフ化すると以下のようになります。低い周波数からある周波数まで信号レベルがじわじわ上がり続けてある頂点を境にガツンと下がるカーブなのが分かります。以前に実際測定を行なったときもこのようなカーブを描きました。頂点の高さは測定したときは、10Hz時(左端の値)に比べ10dB ほど高い結果でした。よくある3バンドイコライザーの最大ブースト量が12dB程度なので、10dB は 結構なレベル差です。10dB は 電圧値にして3倍以上です。詳しくは以前の記事を参照してください。

シールドケーブルによる音色の変化グラフ0

この共振する周波数ですが 「インダクタンスとキャパシタンスによるインピーダンスが同じ時 」ですので 以下の式から求められます。

式 狂信

この式より例えば Cs が2倍になれば 共振周波数は 1/√2倍、 もちろん L が 2倍になっても 共振周波数は 1/√2倍になることが分かります。

さて具体的に Cs が2倍とはどういうことでしょう? Cs はケーブルの内部キャパシタンスでした。2倍の長さのケーブルを使えば Csが2倍です。もしくは 1m あたりのキャパシタンスが 2倍のケーブルを使っても Cs は2倍ですね。

Lp が2倍とはとういうことでしょう?同一の構造であればインダクタンスは コイルの巻き数に比例して大きくなります。例えば高出力を得るため 2倍多く巻き数を持つコイルは 2倍のインダクタンスを持っています。また シングルコイルを2個直列に並べたハムバッカーも2倍のインダンクタンスを持っています。

Cs か Lp が2倍とは言わずとも単純に大きくなるとになるとグラフは以下のように頂点がより低い周波数に移動するような変化をします。

シールドケーブルによる音色の変化グラフ3

この共振周波数 f が エレキギターの出力信号で扱う周波数に実はかなり影響のある周波数で、 1〜5kHz ほどであることが多いです。

この周波数帯でこのような10dBにもおよぶ変化があれば最終的に出力される音色に大きな変化があることは想像できると思います。

ちなみにこの共振の高さは ピックアップの内部抵抗値とギターアンプやエフェクターの入力インピーダンスで決まります。ピックアップの内部抵抗値に対し、ギターアンプやエフェクターの入力インピーダンスが大きいければ大きいほど高くなります。

以前に、よく使われるような 3m 程度のシールドケーブルで共振周波数を実測したところ 2kHz程度でした。エレキギターの信号はこの 2kHzよりも少し低い周波数帯に多く分布しています。5m など 長いケーブルや内部キャパシタンスの大きいある高級ケーブルを使うと信号の下図のように、エレキギターの信号で特に出力の大きい周波数帯域に共振のピークが近くなるところから、全体的に音量が大きくなり、高い音が減衰します。

これがポジティブに言えば 「出力が大きい音、前に出る音」、ネガティブにいえば「こもりがちな音」「レンジの狭い音」になります。

csの大きいケーブル

逆にパッチケーブルなど短いケーブルや低キャパシタンスケーブルを使うと全体的に音量が小さくなりますが、高い音を減衰させにくくなります。

ポジティブに言えば「明るい音」「レンジの広い抜のいい音」なんて表現です。「立ち上がりの早い音」なんて言い方をされるかたもいます。ネガティブに言えば「音が引っ込む」といった表現になります。

Csの小さいケーブル

余談ですが、同じことを言ってても言い方次第で印象が大きく変わりますね。

まとめると、ピックアップやアンプを変えなければシールドケーブルを変えることによる音の変化は「出力が大きくてこもった音」「出力が小さくて明るい音」のどちらかにしか、向かっていかないことはおわかりいただけたかと思います。それがどの程度かを評価しているだけです。とてもシンプルです。

この現象を知ると、シールドケーブルの選ぶ基準が大きく変わるのではないでしょうか? 少なくとも私はよく言われる「ケーブルはどの帯域を通してどの帯域を通しにくい」「解像度が高い」「音の抜けが、、、」などまず考えません。言葉の捉え方は自由ですし、売り手としては分かりやすい表現をしているのだろうとは思います。私にはうまく理解できませんでしたが、、。

要するに「共振の周波数と頂点がどこか」が最終的な音色変化のほぼ全てです。この共振の周波数と頂点は、シールドケーブルとピックアップの相互作用にて結果的に決まります。

また、アクティブピックアップを使用した場合はコイルの成分とシールドケーブルのコンデンサ成分の間にバッファーが入るためこの変化がほとんどありません。パッシブピックアップ使用時とアクティブピックアップ使用時で大幅に音色が異なるのはこのためです。

以前に1万円以上の高額なシールドケーブルと、確か電子ドラム用の細いケーブルとでそれぞれ共振周波数を測定し、同じ結果が出で驚いたことがあります。さすがに「そんなはずはないだろう?」と思って測定結果をもとに冷静にアンプの出音を聴き比べたところ、これがまさに同じような音色で「面白いものだな」と思ったのは今でもよく覚えています。さすがに電子ドラムのケーブルは触るとブーンとノイズが多くて使いにくかったですけどね。

ちなみに「トゥルーバイパス」で音色が変わる原因もここまで読んでいただいた皆さまでしたらご考察いただけるのではないでしょうか? すると、実は「バッファードバイパス」のほうが短いケーブルのようにギターの出力信号を変化させていないこともお分かりいただけるでしょうか? バイパスするエフェクターの後ろにつなぐケーブルが何mなのかがポイントですね。

また、この現象、ピックアップの評価にも使えます。ピックアップは高出力ほどこもった音に、低出力ほど明るい音になりがちです。これは高出力ピックアップほどコイルの巻数が多く、結果的に「インダクタンス」が高い傾向があるためです。構造がシンプルなシングルコイルほど顕著です。変化するのは Lp でも Cs でも結果は同じですからお分かりいただけるかと思います。

是非、今後エレキギターに使うシールドケーブルを選ぶときは 単位長さあたりの内部キャパシタンスを、ケーブルのデータシートでチェックし、それに必要な長さを掛け算して計算してください。それだけでどんな音色になるか、実は9割がた予想できます。

個人的には低キャパシタンスシールドケーブルか、まあまあ低出力ピックアップの「出力が小さくて明るい音」をそこそこ歪ませるのが好きな音になりますが、あくまで好きな音を決めるのは皆様ですのでその感覚を大切にしてくださいね。

それからこの記事はあくまでエンジニア目線で感情を抜きにした測定結果と考察、そして私が導き出した結論です。皆様がケーブル選ぶときご判断の一助となれば幸いです。ただし、素晴らしい音楽は気持ちで演奏するものと私は思いますので、最終的には皆様の気持ちを大切にしてください。




 


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