はなげまつり

①はなげまつりへごしょうたい
 きのう、マンボウが、手紙をくわえてやってきた。
 プカリプカリと、空をとんで、雲のなかからやってきた。さいしょはほんと、あめだまくらいで、近づくにつれてぐんぐんぐんぐん、かまぼこみたいなみかずき型が、みるみると大きくなっていく。
 ベランダまできたマンボウは、ぼくのへやの窓ガラスを、こつん、こつんとたたいた。きっと人間でいうところのおでこのあたりで、かるく頭突きをするかんじだ。
 ぼくは、窓をあけて、
「いらっしゃい」
 と、あいさつをした。
 そうしたら、マンボウは、
「なんだかいまの言い方、ラーメン屋さんみたいだね」って、ポヘポヘポヘとわらった。
 たしかにいらっしゃいは、ちょっと、おみせみたいなかけ声かも。
「まちがえちゃった」
 ぼくが、そういうと、
「まちがいは、だれにだってあるさ。きにして、ねこまないように」
 なんて、やさしいことをいってくれた。
 ぼく、このマンボウは、きっといいやつなんだって思った。
「ところで、おたくは鼻毛田マルオくんでまちがいないかい?」
 マンボウが聞いてきた。
「そうだけど」
 ぼくの答えに、マンボウが軽くうなずいた。
「大文字小学校の三年一組、好きな食べものはうなぎのかばやき……で、まちがいないかい?」
「だいせいかい」
 またまた、マンボウが、にんまりとうなずいた。
「じゃあ、これ、あげる」
 そういうと、マンボウは、うれしそうに尾びれをビチビチゆらしながら、いつのまにか口元にくわえていた手紙を、ぼくの手にそっと差し出した。
「なに? この手紙」
 きれいに折りたたまれた手紙は、マンボウのよだれで、べちょべちょになっていた。
 うわー、きたないなあ、と思いながら手紙をながめるぼくに、
「いいから、いいから」
 といいのこして、マンボウは、くるりとからだのむきをかえ、今来た方へと戻ってしまった。
 マンボウが、へそごまくらいに小さくなって、雲の中へと消えていった。
 あーあ、いっちゃった。でも、なんだろ、これ。
 とりあえず、べちょべちょの手紙をひらいてみた。すると、思いのほかきれいな字で、そこにはこう書かれていた。
 
 親愛なるマルオさま。
 貴殿をはなげまつりへとご招待いたします。
 つきましては、一週間後のうなぎの日に、らくだ山の頂上までお越しください。
 そこで、はなげまつりを開催します。
 もし参加されない際には、残念ながら、あなたを、にわとりのとさかのビロンビロンか、オランウータンのホッペのベロンベロンに変身させなければなりません。
 そんなことにはなりたくないでしょう。
 ぜひとも、はなげまつりにて、お待ちしております。
                                     うなぎまる ぬるお
 
 はなげまつり……
 はなげまつりって、いったいなんだろう。ぼくの苗字、鼻毛田(はなげだ)に関係しているのかな。
 そういえば……
 このとき、ぼくは、鼻毛田家に代々伝わる言い伝えを、思い出した。
 なくなったおじいちゃんが、よく歌っていたことばだ。

~はるか天空のかなたから、遣いの魚がきたるとき、鼻毛の勇者が旅に出る。ああ、フェスティバルにてワッショイワッショイ、乱痴気騒ぎでドンチャンドンチャン~

 押入れの戸を開いて、鼻毛田家にこれまた伝わる巻き物を開けてみた。
 そこには、らくだ山への地図が描かれていた。
 これはもう、行くしかない。
 にわとりのとさかのビロンビロンにも、オランウータンのホッペのベロンベロンにもなりたくなかっつたぼくは、こうして、はなげまつりに参加するため、らくだ山へと向かうことにした。 
 
②ぼうけんのはじまり
 黄色のリュックサックを背負って、ぼくは歩いた。
 はなげまつり、はなげまつり……
 ぼくはあたまの脳みそをギュワンギュワンはたらかせて、かんがえにかんがえた。きっとあつまったみんなでうたやおどりをおどって、じまんのはなげを見せあうのじゃないだろうか。
 そうだとしたら……
 じつに、へんてこなまつりだ。
 でも、すごくおもしろそうでもある。
 クルンとカールしたはなげ、とんでもなくふといおばけはなげ、いいにおいのするフローラルはなげ。
 さまざまなはなげのことを考えながら歩いていると、むこうから歩いてくる女の子に声をかけられた。
「あなたって、なんてすてきなはなげなのかしら」
 え? はなげ?
 ぼくは、思わず、はなのしたをなでなでした。
 はなげはまったくでていない。
 いったい、ぼくの、どこがすてきなはなげなんだろう。
 おもいがけない女の子のことばに、あたまがぐるんぐるんとこんがらがった。
 ぼくは、とっさにさけんだ。
「はるまきドーナッツ!」
 そうしたら、女の子もさけびかえした。
「はっはっはっはっはなげまつり」
「はっはっはっはっはなげまつり?」
「そう。はっはっはっはっはなげまつり、よ」
 女の子が、にっこりとほほえんだ。 
 なんてすてきな答えなんだろう。おまけに、なんてかわいい笑顔なんだろう。
 くりっとまるいグリーンのひとみが、キラキラと太陽の日差しにかがやいている。
 キリンみたいにまつげも長い。
「ねえ、きみの名前を聞いてもいい?」
「ええ。わたし、ナンシー。鼻毛丸ナンシーよ」
 女の子がこたえた。
 栗色の髪の毛を、ひらりひらりと風になびかせながら、ナンシーがぼくを見つめた。
 ぼくと同じくらいの背丈からすると、きっと年齢も同じくらいだろう。
 ナンシーかあ。
 しんぞうがトクンと、鳴った気がした。
 ぼくの顔は、きっと赤くなっていたにちがいなかった。
 ぼくは、ちょっとかっこつけて、ポケットに手をつっこむと、口笛をふいた。
 もう、はなげまつりどころじゃなかった。
 そのときだ。
 きゅうに低く垂れこめた鉛色の雲から、ふぁさふぁさふぁさと、コウモリの大群が飛びかかってきたのだ。
 その数はざっとたらこのつぶつぶくらい、つまりは、ものすごい数だった。おまけにこのコウモリは、つばさを広げると二メートルにもなる、とびきりにでかいオオコウモリだった。
 そのオオコウモリの大群は、目のまえのナンシーをワシッとつかまえると、ガバッと連れ去ってしまったのだった。
 あああああ。
 オオコウモリの大群に連れ去られて、ナンシーが鉛色の雲のなかへと消えていった。
 ナンシーはいったいどこへ……
 ぼくは、ただただぼうぜんと立ち尽くした。
 そうしたら、耳もとにフワリフワリととんできたちょうちょに、
「おいかけなさいな」
 と話しかけられた。
 ハッとわれにかえったぼくは、
(そうだ! 追いかけなくては)
 と、そのままちょうちょにお礼をいって、すぐさまオオコウモリの飛んでいった方角へとかけ出した。
 ぼくの背中の方からは、
「青春ねえ」
「そう、青春よ」
 なんて、カエルたちの話し声が聞こえてきた。
 どうやら、ぼくは、青春まっただなかのようだった。
 好きな女の子を追いかける、ただの小学三年生の男子だ。
 はなげまつりは、いったいどうなってしまうのだろうか。

③鼻毛田マルオとアチョーおじさん
 オオコウモリに連れ去られたナンシーを追いかけていると、とつぜん、ピラミッドがあらわれた。
 ピラミッドだからあたりまえだけれど、とにかくでっかかった。
 ぐるっと一周まわってみたら、きっとかんだガムの味が、すっかりなくなることだろう。
 そんなピラミッドを横目に走っていると、カンフーの達人に出くわした。
「すみません、こちらにオオコウモリの大群がとんできませんでしたか?」
 ぼくは、なんとなくカンフーの構えをして聞いてみた。
 すると、カンフーの達人は、
「見なかったねえ、アチョー」
 といって、アチョー、アチョーと、カンフーのわざをくりだした。
 ぼくは、この人を、アチョーおじさんと呼ぶことにした。
 ひげが、どじょうのようにたれていた。
 いかにもカンフーの達人らしかった。
 アチョーおじさんは、そのオオコウモリがどしたの? ねえ、どしたのよ? としつこいくらいに聞いてきた。気になって仕方がないようだ。
 ぼくが、これまでのいきさつを伝えると、わしもつれてってちょーだい、といいだした。
 カンフーの達人なら、きっと、なにかの役に立つはずだ。
 こうしてぼくたちは、いっしょにオオコウモリを追いかけることになった。
 いったい、ナンシーはどこへ連れ去られたのだろうか。
 ああ、はなげまつりが遠のいていく。

④鼻毛田マルオと毛ガニ 
 ピラミッドをあとにして、ぼくとアチョーおじさんは、さきをいそいだ。
 いつのまにやら雪がちらほらふってきて、北の国にやってきていた。
 くそう、オオコウモリたちはどこだ。
 ぼくたちは、ナンシーを追いかけ続けた。
 すると、とつぜん、海の岩場から、きょだいな毛ガニがあらわれた。
 その毛ガニときたら、巨大も巨大、消防車くらいの大きさもあった。
 とにかくばかでいったらありゃしなかった。
 ツメだけでもおすもうさんくらいの大きさがあった。
 そんなツメではさまれた日には、こてんぱんにやられてしまうにちがいなかった。
 おまけに、毛ガニなものだから、毛はもちろん、ボーボーだった。
 たわしみたいに、ごわごわの毛は、チクチクとして痛そうだった。
 ぼくはとりあえず、オオコウモリのことを聞いてみた。
「こっちにオオコウモリの大群がとんできませんでしたか?」
 そしたら毛ガニは、こういった。
「わたしをたおしたら、教えてやる」
 そういうと、毛ガニは、その大きなツメをふりかざした。
 ぼくたちの行く手をはばもうとする毛ガニだ。
 アチョーおじさんが、カンフーの構えで対抗した。
 アチョー、アチョー。
 毛ガニはまったく動じなかった。
 山のように、どんとかまえて、ぼくらのことをにらんでいる。
 これは、手ごわい。
 毛ガニに勝つにはどうすればいいだろう。
 ぼくはひらめいた。
 毛ガニの毛をとればいいんじゃないかと。
 毛ガニから毛をとったら、きっとただのカニになるに違いない。
「ああ、こんなときに電動ヒゲソリでもあればなあ。毛ガニを丸刈りにできるのに……」
 なんてつぶやくと、あれま。アチョーおじさん、おしりのポケットから、電動ヒゲソリをとりだして、ひょいと、ぼくにさしだした。
「男のみだしなみですぞ、アチョー」
 アチョーおじさん、なかなかやるなあ。
 電動ヒゲソリを受け取ったぼくは、毛ガニのこうらに飛び乗って、ジーーー、ジーーー、ジーーー、ジーーー、毛ガニの毛をかりとっていった。
 あしからツメから、こうらのはしまで、毛ガニは見事にツルツルになった。
「ウヘーーー、まいった。こうさん、こうさん!」
 体じゅうの毛をかりとられた、毛ガニならぬ、ただの巨大なカニは、両方のツメをあげてこうさんした。
 アチョーおじさんも、うれしさのあまり、おおげさにカンフーのポーズをきめた。
 アチョー、アチョー。
「じゃあ、やくそくどおり、オオコオモリの行方をおしえてよ」
 ぼくがふたたびたずねると、
「オオコオモリはあっちの方へとんでったぞ」
 毛ガニは、でっかいツメで、南の方角を指差した。
 ああ、北かとおもったら、こんどは南らしい。
 それにしても、毛をかりとった毛ガニは、たいそうな男前だった。
 こざっぱりとして、きゅうにモテはじめた。
 毛ガニの女の子たちにキャーキャーさわがれ、なんだかとってもてれくさそうだ。
 赤いこうらが、いっそう赤く変色していった。
 毛ガニあいてに美容院でも開いたら、きっと、大繁盛まちがいなしだ。
 そんなことを考えていると、この毛ガニも、なにやらきょうみしんしんで、オオコウモリを追いかける訳を聞いてきた。
 ねえ、なぜなんだい? おしえて、おしえて。 
 ぼくが、これまでのいきさつを伝えると、わたしもつれてってくれ、といいだした。
 というわけで、なんとなく、毛ガニもいっしょにオオコウモリを追いかけることになった。
 ほんとに、はなげまつりは、どうなるのだろう。
 そして、ナンシーは見つかるのだろうか。
 
⑤鼻毛田マルオと焼肉博士
 グリコのおまけをしながら、南へとすすんでいった。
 でも毛ガニだけが、たいそう弱かった。
 だって、チョキしかだせないんだから。
 だから、ぼくとアチョーおじさんは、何回かに一回は、ちゃんと負けてあげた。
 そうこうしているうちに、南の国へとやってきた。
 そこで、焼肉にくわしい小学生と出くわした。
「ねえねえ、焼き肉の食べられる部位って何か所あるか知ってる?」
 ランドセルを背負った小学生が、質問してきた。
「もちろん知らないけど」
「四十二種類もあるんだよ」
「へえ、そいつはすごいね」
 きっとぼくと同じくらいの年齢なのに、とても物知りだった。
「四十二種類も知らんけれど、よく食べるのはカルビやロース、ハラミやタン、それにハツやミノにイチボやレバーといったとこかな」
 アチョーおじさんが、得意顔でいった。
「ふーん、まあまあ普通だね」
 小学生の焼肉博士に、アチョーおじさんは、とりあえず合格点をもらった。
 ここからは、小学生焼肉博士とアチョーおじさんとのやりとりだ。
「イチボは牛のおしりの先のお肉であって、やわらかい赤身のお肉なんだよね。で、脂肪分が少ないものだから、ヘルシーでもあるわけ」
「じゃあ、きみのおすすめはそのイチボなわけ?」
「そうだなあ、イチボよりもハラミかなあ。ちなみにハラミとは牛の横隔膜にあたる部分で、やわらかくて、上質な部分にはほどよい霜降りが入っていて、じゅわっとあふれる肉汁と赤身のお肉のおいしさがたまらないわけなんだね」
「じゃあ、きみのおすすめはハラミなんだ」
「いやいや、シャトーブリアン。高級肉の代名詞、サーロインのさらに内側にある、細長い筋肉の部分で、一頭の牛からほんのわずかしかとれない、本当の希少部位なんだね。で、脂肪が少なく、牛のお肉の中で、もっとも柔らかいお肉なんだよ。」
 やれ、ミスジとは肩の中ほどにある部位で、割合あっさりとした食感が特徴であるだの、ミノは牛の
一番目の胃袋であるだの、ランプは牛のお尻の部位で赤身が濃厚であるだの、四十二の部位をことこまかに説明してくれるもんだから、同じ小学生とは思えないほどの、すごい小学生焼肉博士だ。
 いつのまにやら、かたつむりがやってきて、ぼくたちにコーヒーを入れてくれていた。
「四十二もの部位が、おいしそうに歩いてきたよ」
 どこからかのんびりと歩いて来た牛にむかって、この小学生焼肉博士がすごいことを言っている。
 ぼくたちも、すっかり牛を見る目が変わってしまった。
 おいしい焼肉がのんびりと歩いている。
 すっかりくつろいで、ぼくもアチョーおじさんも毛ガニも、夕食は焼肉がいいなあなんて思いながら、そうだ、ナンシーのことをすっかり忘れていた。
「ねえ、オオコウモリの大群を見かけなかった?」
 小学生焼肉博士に、オオコウモリの行方を聞いてみた。
「ああ、オオコウモリなら、この先のどうくつに入っていくところを見たけど」
 これはなんとも重要な手がかりだ。
 小学生焼肉博士と、カタツムリにお礼をいって、いざ、オオコウモリのいるであろうどうくつへと、ふたたび歩き出した。
 ついに、ナンシーと会えるにちがいない。

⑥鼻毛田マルオと鼻毛丸ナンシー
 どうくつに着いた。 
 まっくらの中をそーっとのぞいてみた。
 まっくらで、なんにも見えない。ぼくは、背中に背負っていた黄色いリュックサックから懐中電灯をとりだして、どうくつの中を照らしてみた。
 入り口ちかくには、なにもいないようだ。
 ゆっくりと中に入ってみる。
 思いのほか、中は広かった。
 これなら巨大な毛ガニもすすめそうだ。
 ぼくたちは、一歩、また一歩と、どうくつの中をすすんでいった。
 空気がひんやりとつめたかった。
 そのとき、目の前に、人間ほどの大きさのオオコウモリの大群が地面にすわっているのを見つけた。
 ぎゃあ!
 ぼくがさけぶと同時に、
 ぎゃあ!
 オオコウモリも同じくさけんだ。
 むこうも、ぼくらのことがけっこうこわいらしい。
 ぼくは、ブルブルふるえ、アチョーおじさんはカンフーのポーズで身がまえて、毛ガニはツメをガバッとひろげた。
 ぼくたちと、オオコウモリが向かい合った。
 てんじょうからは、水滴が、ぴちょんぴちょんとおちてくる。
 その暗がりのなかで……
 ブルブルふるえながらも、懐中電灯を照らしつづけて……
 あっ!
 いた、ナンシーだ。
 ナンシーが、オオコウモリたちのまんなかにすわっていた。
「ああ、ナンシー!」
 ぼくは、思わずさけんだ。どうくつの中だから、声がよくひびく。
「ああ、あなた、このまえのはなげのかた」
 ナンシーはぼくのことを、しっかりとおぼえてくれていた。
「紹介がおくれました。ぼく、鼻毛田マルオといいます。きみを助けにきました」
 ぼくは、勇気をだして、はっきりと名乗った。
「助けにきてくれたの?」
 ナンシーがぼくを見つめてほほえんだ。
「うん。きみをオオコウモリから救おうと、かけつけました」
「でも、オオコウモリは、いいかたがたよ」
 え?
 ナンシーのことばに、ぼくは、あらためて、どうくつの中をよくながめた。
 ナンシーの目の前には、見たこともないような色とりどりのフルーツが、こんもりと置かれていた。
 オオコウモリの主食は、花のミツや果物って図鑑でよんだことがある。
 ここで、ぼくは気がついた。
 オオコウモリが、きれいな女の子を連れ去って、フルーツをごちそうしていたのだと。
 ほんと、いいんだか悪いんだかわからないことをするオオコウモリたちだ。。
 ぼくは、近くにすわっていたオオコウモリたちのあたまを、パシパシ、パシパシ、たたいてやった。
「ごめんちゃい、ごめんちゃい」
 オオコウモリたちが、すなおにあやまった。
 これで、一件落着だ。
 みんなでどうくつの外に出ることにした。
 パーっとお日さまの光がまぶしかった。
 みんなで、目をしょぼしょぼさせながら、ぼくは、大事なことを思い出した。
「はなげまつり」
 そのことばに、
「やっぱり、あたなは、はなげのかたなのね」
 ナンシーが、ぼくの手をぎゅっとにぎった。
「はなげまつりにいくじゃと。アチョー」
 アチョーおじさんが、ぼくを見つめた。
「はなげまつりに参加できるのかい?」
 毛ガニのツルツルのこうらから、そったはずの毛がボーボー生えだした。
「はなげまつりって、なんなの、いったい」
 ぼくは、みんなの顔を見まわした。
 でもみんなは、いいからいいからと、ぜんぜん教えてくれなかった。
「そうだ、ナンシーはぼくのこと、すてきなはなげっていってたじゃないか」
 ぼくは、気になっていたことをズバッと聞いてみた。
「ええ、鼻毛田くんのはなの穴から、すてきなはなげが飛び出しそうだったから」
 ぼくは、思わずはなの穴をさわってみた。
 びっくりした。
 ほんとに、はなげが飛び出している。
 それもけっこうな長さだった。
「では、わしの出番じゃな。アチョー」
 とつぜん、アチョーおじさんが、なぞのカンフーをくり出すと、ぼくのはなげが、どんどんどんどんのびていった。
 アチョーおじさんの顔をよく見てみると、どじょうのようなひげが、じつは、はなからのびているはなげであることに気づいた。
 はなげのアチョーおじさんだったのだ。
 なぞのカンフーで、ぼくのはなげは、地面につくほどに長くのびてしまった。
「つぎは、わたしの番だな」
 そういうと、こんどは毛ガニが、巨大なツメをブンブンふりまわしはじめた。
 その回転にあわせて、ぼくのはなげが、どんどん太く、濃くなっていった。
 毛ガニの毛力が、はなげを太く濃くさせたにちがいなかった。
「では、さいごは、わたしの番ね」
 そういって笑ったナンシーーが、ふところからハサミを取り出すと、はなげをひざたけくらいに切り落とし、毛先をしゃしゃしゃと切りそろえてくれた。
「わたし、おしゃれカットが得意なの」
 こうして、ぼくのはなのあなからは、デロンとたれた見事なはなげが、ぶらんぶらんと二本、ゆれているのだった。
 と、気づけば、もうマンボウが手紙をくれてから一週間が経っている。
 どうしよう、どうしよう。
 きゅうにぼくは、あせりだした。
 巻き物をリュックから取り出して、場所をよおく確認してみた。
 でも、らくだ山がどこにあるかわからなかった。
 じまんじゃないけれど、ぼくは、けっこう方向音痴なのだ。
 すると、巻き物の地図をのぞきこんだオオコウモリが、連れてってあげるといってくれた。
 なんてやさしいオオコウモリだろう。
 そんなわけで、みんなで、らくだ山まで空を飛んで、はなげまつりへと向かったのだ。
 さあ、いよいよ、はなげまつりだ。

⑦はっはっはっはっ、はなげまつり 
 らくだ山の山頂では、はなげをのばした生き物とその仲間たちが、わんさかとおどりをおどっていた。
 うなぎまるぬるおが、ぼくらを出迎えた。
 頭上には、一番星がかがやきはじめ、マンボウたちも、プカリプカリと気持ちよさそうに泳いでいた。
 それにしてもいろんなはなげがあるもんだ。
 イヌだけに、ワンダフルはなげ。
 ネコだけに、ニャンダフルはなげ。
 タコは、タコはなげ。
 アチョーはなげも、もちろんあった。
 いつのまにやらマンボウたちも、ゆらゆらはなげをたらしている。
「みんな、たのしんでるかい!」
 ウオー!
 うなぎまるぬるおのかけ声とともに、みんなのおどりがはげしさを増していった。
 はっはっはっはっ
 はなげまつりー!
「みんなあ、声がちいさーい! もっと大きな声で!」
 はっはっはっはっ
 はなげまつりー! 
「もっと、もっと!」
 はっはっはっはっ
 はなげまつりーーーーーー!
「まだまだ声をだして!」
 はっはっはっはっ
 はなげまつりーーーーーー!
「ぜんりょくをだして!」
 はっはっはっはっ
 はなげまつりーーーーーー!
「月まで届くように!」
 はっはっはっはっ
 はなげまつりーーーーーー!

  その声は、きっと月まで届いたに違いなかった。
なぜなら、その夜のお月様には、はなげが二本、生えていたからだ。

                                         

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