昆虫本の書評(昆虫本編集者のひとりごと)10『吸血昆虫ブユの不思議な世界』
サブタイトルは「謎めいた新種の発見と新興寄生虫感染症の解明」
ブユというマイナーな昆虫に焦点を当てた本。
昆虫ファンにむけ、この昆虫がそれほど多くのエピソードがあるのだろうか。
ざっと内容について
著者は昆虫の研究者ではなく、感染症の研究者なので、面白い生態や進化の話ではなく、人への感染と病気についての記述がメインだ。
やはり、昆虫自体ではなく、調査や同定の苦労エピソードがメインの本だ。
昆虫自体を知りたい人は他書を求めた方がいいかもしれない。
ブユはカと同じハエ目だが、カほどの知名度は日本においてはない。というのも、カはウイルスやマラリアを媒介して人に大きな影響を持つのに対し、ブユはほとんど病気を媒介することがないためのようだ。
様々なブユ調査のエピソードが、本を通して紹介される。
中でも、第6、7章の「オンコセルカ」というブユの調査、探索、同定の記録が、本書の山場だろう。
オンコセルカとは、イノシシや牛など獣に寄生するブユ種で、回旋糸状虫という線虫の一種のこと。
ブユを媒介にして、感染拡大していくとされる。
日本で初めて発症したのは、2歳の女の子。
母親に連れられ来院した時には、かかとがひどく腫れていたとされる。
これをきっかけに、著者のオンコセルカ症との関わり、格闘が始まったようだ。
ちなみに、ベネズエラ南部のある集落は、オンコセルカ症の罹患率が90%とされていて、驚かされる。
著者自身も、そこに現地調査に行った時、ブユに刺されてオンコセルカ症にっかかり、帰国後に「堪え難いかゆみ」に悩まされたとある。
病原体を運ぶ昆虫の調査の苦労が、推測される。
読後の感想
本書は昆虫がメインでないだけでなく、著者の生い立ちや研究者としての職歴紹介も複数章が割かれ、ブユを知りたくて本を手に取った人には、やや不満があるはずだ。
また口絵にカラー写真が掲載されているが、研究論文をそのまま転載したようなものばかりで、興味を引かれるとは言い難い。
そうはいっても、著者は37年間も、右目を網膜剥離のため視力がほぼない状態で、左目だけで顕微鏡を使い、線画を描き、論文作成してきたのだから、その執念、仕事に対する姿勢はすごい。
その証拠に、ブユとヌカカ、合わせて3万6000匹を顕微鏡を使って一匹ずつ解剖したようだ。もちろん協力者がいたようだが。
随所に、研究者とのしての心の動きが垣間見れて面白い。
例えば、オンコセルカの研究の際、日本で発症例が初めて見られたため、それまでは中南米まで行って感染プロセスなど調べたようだが、「これからは地元の大分で研究ができるかもしれないと期待は膨らんだ」とされている。
すでに2歳の女の子が感染し、発症してしまっている傍で、このような「期待」を持つことは不謹慎な印象もあるが、率直な研究者の心の声が漏れているのが面白い。
索引は、通常の事項索引と人名索引はなく、「ブユ索引」がほとんどを占めている。
四六サイズ、230ページ、上製で本体2700円は妥当のようだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?