清掃員である


エレベーターのパネルとボタンを念入りと言われている。化学雑巾で60の凹凸をぐりぐりする。60の丸の中なんかにコロナがコロニーを作りそうだ。拭き終わった途端上昇して63階でとまる。住人の東さんが乗り込んできて「下いい?」と言いながら手を潜り込ませて60を押す。今日外暑い?暑いですね。60階到着。ここに住んでる人が地上に出るにはこれとまた別の、エントランスの外にあるエレベーターに乗らなければならない。59階から下に何があるのかまだよく知らない。1階から10階までが病院であることは知っている。5階に脳神経外科があることも知ってる。60階から64階まではサ高住と呼ばれる住宅だ。サービス付き高齢者住宅。でも東さんはすごく若い。ここに住んでいる人の中では断トツに若い。後ろ姿に「お気をつけて」と文字通り気をくっつけて送り出す。くっつけた気が強すぎたのか東さんが振り返る。「なぁ、なんか合図みたくならんの?」東さんはピンクのシャツがよく似合う。腹が出ていて髪も薄いけど、そういう人にピンクはやさしい。「毎日おんなし時間におんなし順番で掃除してて呪術ぽくならへんの?」東さんの目はわりと真剣だ。こちらの言葉を待たずにどんどん続ける。今朝ゴミの袋を縛っている時ふいに昔読んだマンガを思い出したらしい。話はこうだ。毎日同じルートをジョギングしていたら、そのルートの軌跡がとあるシンボルと同じ模様を描いており、それを地球からのメッセージだと受信したUFOがその人の元へ。100日目かなんかに降りて来てまうねん。へえ。とっさに自分のルートも想像してみる。60階から64階まで、真ん中に中庭があるせいで螺旋階段みたいな立体的な形になった。いやいや、そもそも「屋根あるし、UFOには模様キャッチしにくいかもしれませんね」と化学雑巾を畳みながら答えると、東さんは豆電球が点灯したみたいな顔になり、邪魔を詫びてからエントランスへ歩き出した。近所のセブンイレブンまで13分。ここの住人はそのセブンイレブンまでを散歩と称しよく出かける。今は10時ちょうど。わたしはレストランの床清掃にとりかかる。展望レストランは体育館みたいに広い。南西にずっと窓。梅雨の晴れ間の空が眩しい。うむ。わたし、何か呼んでたりして。


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